青山透子公式サイト日航123便墜落の真相

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

JAL倒産日 1月19日に思う (追加20日掲載)

本日はJAL倒産日             青山透子

「2010年1月19日(火曜日)夕刻、日本航空株式会社(日本航空インターナショナルJALキャピタル共に3社)は、東京地方裁判所会社更生法の適用を申請した。私はどうしてもこの日の数字が気になった。1月19日ということは「119」である。あの御巣鷹の尾根で大破した飛行機の個別認識記号はJA8119号機。JAは日本国籍のことで、8はジェット機の意味、その次が個別の番号となる。それが119だったのである(拙著「疑惑のはじまり―天空の星たちへ」p381より」

 この文章は、ちょうど2010年の執筆途中で日本航空の倒産を知った日に書いたものである。そして、負債総額二兆三千二百二十一億円という、戦後事業会社一位という過去最大の経営破たんとなった。ここでも2321と、123がらみの数字が並ぶ。

この時、不自然なまでに一部の新聞や公共放送のテレビでは、経営破たん、倒産という言葉を避けて、直ちに企業再生支援機構による支援が決定して公的資金枠9千億円投入と強調した。その陰では政策投資銀行による3千億円規模の債権放棄、いわゆる税金を含めての巨額の債権放棄があり、同年二月に上場廃止、あっという間に株価はゼロ円となった。なお、ドラマ「半沢直樹」でも取り上げていたが、JALの部分は事実とは全く異なったのでドラマとして見るならばともかく、注意が必要である。

翌日の新聞各紙にJALが全面広告を出し、「飛び続けます」と大々的な宣伝をした。そこの下に小さな文字で、お詫びが書いてあった。この倒産劇は何をもたらしたかというと、そこで働く人たちに無自覚さを生んだ。さらに世間に対して、まるで倒産がなかったかのように見せかけ、経営責任がなかったかのような印象を与えるように必死だったと思われる。実際にその時の社長は辞めてもすぐに日航財団の理事となった。その年の社員たちからの年賀状は、「JALはちょっと風邪を引いただけです」という、能天気な年賀状や南の島でのバカンスの写真が届いた。

 今、ちょっと風邪を引いただけです、ではすまされない事態となっている。

 

拙著「疑惑のはじまり」の出版直前に倒産というタイミングだったため、私は次のように書いた。

「人間とは所詮、お金が入ってこない(お給料が入らない)現実や解雇、さらにロビーのシャッターが突然閉じることや、燃料をストップされて飛行機が飛ばない、乗客がひとりもいないなどを経験し、崖っぷちに立たされないと、どうしても倒産という現実を受け入れられないものだ」。

そして、このような「日本航空の倒産は大したことない」という経営陣の振舞いについて、

「企業更生に不可欠な従業員たちの自己洞察力と自己改革、そして現実の重さを認識する最大のチャンスを失った」と記した。案の定その後、多額の税金投入や債権放棄も忘れて役員報酬を高額に引き上げ、コロナ禍直前の昨年の一月、NHKのインタビューに「見事なV字回復を成し遂げた」と自慢そうに植木代表取締役会長(現在会長)は語り、パイロットの飲酒事件もなかったかのようにふるまった。その直後、コロナ発生で飛行機は止まった。

今、巨額のキャッシュが瞬く間に流出し、乗客からの収入が激減し、空港ロビーにシャッタ―が閉まった現実を見て、何を思っているのだろうか。

恐らく、考えられることはいわゆるサラリーマン経営者的発想で、「自分の経営責任ではない、相手はコロナなんだから気が楽だ。いくところまでいくしかない。多少ジタバタしても仕方なし。何百億があっという間になくなっていく現実は止められない」と思っているのではないだろうか。

ナシ農家やミカン農家に社員を手伝いに行かせたとしても、多角経営を模索したとしても、飛行機は一機置いておくだけで億円単位のお金がかかる。飛ばない飛行機のメンテナンスは本当に大変であり、カラでも飛ばさないと機械的に不都合が生じる。飛行機を売りたくても世界同時コロナ発生ゆえ、今まで買ってくれていたアフリカ等の他国やLCCといったお客はいない。他国の航空会社は自分たちも倒産しそうな状況ゆえ、JALANAも飛行機など売れるはずがない。20年以上使用した飛行機は米国の墓場へもっていって廃機となり、部品を取られる道しかない。きっと整備士は心から残念で本当に切ない思いだろう。

世界同時にこのような状態であることは揺るぎのない事実であり、変異ウイルスと化していくため、ワクチンだけに頼ることもできない。今後数年間は続くであろうことは、当然考えればわかることだ。オリンピック頼みの細い糸も切れかかっている。

公共交通機関の使命どころか存続が危ぶまれている。多額の借金をしてしまったANAはあと半年、税金を取られずに済んだことで貯め込んだJALはあと1年で、キャッシュが底をつくだろう。次のシナリオを考えておかなければ、到底このままでは両社が企業としてあり続けることは無理である。返済する必要のない資金調達として増資を選んだ、などという安易な考えでは破たんにつながる。当たり前のことだが、市場からの増資はコロナ支援給付金ではない。まさか再び国有化してほしい、などと思っているのではないだろうか?

私が言いたいことは、困難な中でも必死に経営に挑む心根の問題であり、いつまでも「親」に頼る気持ちがある限り、もたれ合いの意識が生まれ、本気の経営などできないということだ。LCC経営のためと言いながら新機種の飛行機を買うなど、安売り企業設立時に最初から新車を買うようなものである。

 

2002年10月1日、日本エアシステムというその昔東亜国内航空と私たちが呼んでいた会社が日本航空経営統合した。その後、日本航空が倒産に至るきっかけとなった。

つまり、危機意識ゼロの人たちによる合併で社内に不和と不都合が生じ、次々とミスが発生し、死亡事故には至らなかったものの、顧客離れを生んだ。そのいきさつと事故多発については、「疑惑のはじまり」に書いてあるのでぜひ読んでほしい。

このような前例から学ばずに、あの時のような合併を企てている人がいるとすれば愚かである。全く勉強していないということになる。国土交通省の役人がつけた無責任な道筋の結果、日本航空は国内路線拡大どころか、大赤字となり、社内も分断されて、戦後最大の倒産劇へとなったからである。

 私は一度倒産したような会社を軸とすることなく、またあの時再建した経済界の重鎮の顔を立てるというような旧式の方法や、昭和の義理人情ではすまされない現実をしっかりと見定めていく必要があると考える。

何よりも、この前例のない変容する世界での過去の経験則は通用しにくく、生物学的においても、リアリティ―や想像力が不可欠であり、これからの新しいステージは次世代の若者たちに譲るべきである。

ANAのようなのびやかな会社に主導権を握ってほしいと心から願っている。これは何の裏表もない。一顧客として両社を乗り比べて感じた素直な意見である。

ただしJALに追いつけ追い越せの時代は活気もあり、JALの恵まれた環境に対する嫉妬や不満もあり、逆にそれをバネにしていただろうが、今やすでに追い越している。

JAL同様に政治家の子弟を入社させたり、官僚や財界との人脈作りに勤しんで、コロナ禍の中、航空業界のためにGOTOトラベルをごり押しする活動をするのでは、JALと同じような失敗を繰り返しかねない。お願いする際に無料航空券持参やCMでつっても、コロナ禍の中では何も意味がない。

もっと独自の発想で、世間を味方に出来る企業こそ、そして癒着ではなく、自律性と透明性のある企業こそが生き残る。

 

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管理人です。

1985年当時を知る著者ならではの客室乗務員たちの日常や、殉職した乗務員たちの素顔を満載した「疑惑のはじまり(河出書房新社)」をぜひお手に取ってお読みください。なお、青山透子作品の「日航123便墜落の新事実」、「遺物は真相を語る」、「墜落の波紋そして法廷へ」は、いずれも全国学図書館協議会選定図書となりました。

正当で冷静な評価に多くの読者から喜びの声が届いています。関係者の皆様に深く感謝いたします。さらに周りの皆様にご紹介頂きましてお読み頂けますよう、今年もよろしくお願いします。