「日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

ご遺族の苦悩と周知の事実

日航123便墜落―疑惑のはじまり 天空の星たちへ(復刻版、河出書房新社)」の親本を書いた2010年から11年間、実に多くの方々とお会いしてきた。頂いた名刺は100枚以上になる。

大学の研究者や弁護士、警察医はもちろん、山下徳夫運輸大臣加藤紘一防衛庁長官といった政治家(元政治家の方々)、ご遺族と群馬県警察医と一緒にお会いした安倍総理夫人、当時の秘書、外務省職員の方々、新聞記者や報道関係者の皆さん、上野村の皆さん、学生の皆さん、弁護士会主催の講演会や佐高信氏の私塾講演会でお会いした皆さん、目撃情報を寄せてくれた方々、イギリス取材でお会いした英国衝突調査航空安全コンサルタントのNTSB委員、BBCキャスター、カーディフ大学の学生たち、そして何よりも墜落原因に疑問を持つご遺族の方々である。

36年前に不起訴となり、誰も刑事責任を取らぬまま放置され続けているこの日航123便墜落事件について、報道は圧力隔壁説以外の説についての追跡取材を避けている。ネットでは、この事件を真剣に取り上げてくれる人も多数いるが、そういう人たちが嫌になるように、無知蒙昧がはびこり、真相を追求する人を攻撃してくる。私は、こういった環境を憂いているご遺族たちの苦悩を知り、「これではいけない。日本の将来を考える上で、歴史を捻じ曲げてはならない。それを明らかにしなければいけないのは、日本航空という会社で誇りを持って働いていた私たちの責務だ」と思った。誰かがやらなければ真実にはたどり着けない、そう信念を持ったのが全てのはじまりである。

お会いした人で印象深かったのは、その昔、子供同士で故人とよく遊んだといういとこや、遺族となってしまった自分のおじさんやおばさんについて語る親戚の方、残された子供たち、故人の親友、職場の友である。特にその後の人生で、様々なことを振り返り、また新たな事実を知って疑問を持つ人たちであった。以前お会いした時は、「親に遠慮していえない」などという複雑な事情があった人たちも今回の裁判のニュースを知り、日航123便墜落の真相を明らかにする会へご連絡いただいた。公表してもかまわないということなので、個人が特定されないように複数の話を混ぜて書かせて頂く。これは特に、今の日本航空社員や執行役員、取締役、元社員たちに読んで頂きたい。

 

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〇私の脳裏に浮かぶのは幼い頃に一緒に遊んだ記憶です。1985年8月12日、久しぶりに会った姿は昔のかわいらしい姿とはかけ離れ、無残で見る影もなく、恐ろしい記憶でしかありません。それなのに、なぜか、親戚たちはお通夜で万歳三唱をしていました。変だと思った瞬間です。お国のために死んだわけでもなく、万歳三唱の違和感。親戚の大人たちは何を知り、何を隠したのでしょう。生のボイスレコーダーを聞かされたとききました。そこで何を知ったのでしょう。これは、自分たちだけが知ればいい話ではなく、他の遺族にも平等に聞かせるべきです。

〇周知の事実として日航内部では広報を中心とし、ここだけの話としてミサイル説がはびこりました。そして米軍か自衛隊かわからないが、墜落原因を追及すると刺されるぞ、という恐怖心を埋め込まされました。実際に、1985年9月21日の新聞に出ましたが、羽田整備場ラ整ビルにあるメンテナンス・コントロール室(MHV)に所属し、調査役であったH.T.氏(横浜市在住)が、「遺族係となった心労から、死んでお詫びをする」という遺書を残して、果物ナイフで複数刺して亡くなったということは青山さんの本にも書いてありましたね。当時、社内で警察に確認をしたところ、「通常、一回で気絶するため、複数刺すのは自殺ではない、これは他殺だ」とのことでした。これが引き金となって、日航社員の間に恐怖心生まれ、「事実を語れば刺されるぞ」という言葉が出たことは事実です。

でも、36年も前のことで、亡くなったH.T.氏は満洲航空出身者だったことや自衛隊に対する時代的背景もあってのことでした。それを、いまもなお言い続けているとすればバカなことです。私たちが事実を隠し続ける理由は何もありません。JALは倒産時に国から借金を棒引きしてもらったから仕方ない、国という大儀のためだからといったら、それはおごりです。それこそ今回も政治家に裁判関連で頼み込んだらすぐばれます。訴訟報道の後、つい先日、JALが和歌山のワ―ケーションに参画するニュースがNHKに出ましたので、たぶん自民党二階幹事長かもしれませんが、あの権力者のご老体に頼み込み、520人という乗客の命を奪った事実を隠すお願いをしていたなら、それこそコンプラインアンス違反どころではすまない。壁に耳あり障子に目あり。これ以上隠蔽する道理はありません。当時の私たち社員は、会社の仕事に誇りをもっていたのですから、いい加減、隠すのはもうやめましょう。

〇私は遺族として、日本航空の社員にしてもらいました。遺族といえば、なんでもOKでした。簡単に入社出来ました。親戚もOKでした。ただ、入ってみてから能力的についていけない時もありましたし、憧れて一生懸命何度も挑戦してやっとなれたという先輩の情熱など足元におよびもつかないと思いました。でもこれも遺族の特権なのかなあと思っていたところ、久しぶりに学生時代の友人と会い、「よく自分の親を殺した会社の社員になったね。信じられない」と言われて、はっとしました。思えば、私が日本航空に就職してから、片方の親は、事故原因について不満を言わなくなりました。あれだけ日航の悪口を言っていたのに、ピタッとやめたのです。おかしいです。

きっとこれでは死んだ人は報われないだろうなあ。そういう友人と語り合っていて、気づいたのです。それは、「遺族は、必ずしも死んだ人の代弁者ではない」ということです。生きている人は、いつのまにか自分の都合のよいように、記憶を書き換えていくのだなあ、ということです。そして、そんな自分が、ばつがわるいのか、わかりませんが、残ったほうの親や親戚は、そして自分も含めて、いつのまにか、墜落原因を指摘する人を、嫌な人だと思っていました。これもおかしいです。

これは自分の事故後の生き方が、あの日の原点を忘れてさせているということです。亡くなった人の思いを都合よく書き換えているということです。あの事故で亡くなった本人は、なぜ死ななければならなかったのか、が一番知りたいことなのです。私なら当然そう思います。

この「遺族を社員にして、追及されないようにする方法」、これって、お茶を濁させる、つまり、墜落原因の疑問を持たせない、ということが目的だったのだろうと、やっとわかったのでした。担当社員の平身低頭の姿勢は、マニュアル通りだったと、あとからわかりました。

〇今回訴訟を起こしたご遺族の勇気ある行動に深く感動しました。きっと数々の試練を乗り越えるために、そして520人の声を身近に感じるからこそ、最後の望みをかけて、勇気を振り絞ってなさったことでしょう。心から敬服いたします。いかなる圧力にも屈せず、頑張って頂けるよう心からお祈りさせていただきます。

〇8.12連絡会を辞めた遺族です。あれは美谷島事務局長のための私物化の組織としか思えません。会計報告もいまやなし、会費は「寄付」と言われ、都合の悪い情報は会報「おすたか」には書かない、言わない、伝えない。ネットのHPでは、設立時の言葉として、事故原因の究明と書いてありますが、あれは嘘ですか。今回の訴訟関連情報を故意的に省くのはなぜでしょう。今までも、一部のマスコミと仲良しとなり、その周りをお太鼓持ちが囲む。さらに、「私たちはお互いに慰めあっていくだけの会ですから、墜落原因を追及したいならば勝手にどうぞ」という美谷島さんの言葉は胸に突き刺さりました。一体どちらを向いているでしょうか。遺族会を「被災者家族の会」と日航の言いなりで被災者と名乗るからでしょうか。いまや少数しか残っていないにもかかわらず、あたかも遺族の代表のように名乗らないでいただきたいと、ずっと胸の奥で思ってきましたが、私同様の意見をもつ遺族も多くいることがわかりました。美谷島さんの昔の面影は消え去り、逆に墜落原因を追求させないよう圧力をかけるような言動が増え、JAL側とも諸々含めてべったりです。胸に手を当ててよーく考えてみてください。一体、どこが独立している会でしょうか。世間にもマスコミにも、こういう事実を知ってほしいと心底願います。美谷島さん、JALとの関係が激変したのはなぜですか。もしも自分だけが知った事実があるならば、遺族として当然皆さんに明らかにすべきでしょう。8.12連絡会は本筋を間違えています。

 

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年月は真実を必ずや明らかにする。

全てが分かった時、今までの自分の行動を振り返り、「なぜ死ななければならなかったのか」という墜落原因を知りたい死者に対して、顔向けできるだろうか。

自分がしたことは恥ずべき行為ではなかったのか、自分が社員になったからという保身だったのではなかったのか、あの時誰かのせいにして言い出す勇気が欠落していただけではなかったのか・・・

なによりもこの裁判は、日航が持っている生データを聞かせてほしい、ということであって、私たちはご遺族を応援するのが当たり前であり、これは裁判という法的手段で決めることである。

安易にネット上で、見ず知らずの人間が生データを出せない理由を、レベルの低さに気づかないで書き込むのは勝手だが、コメントを書き込むことこそがおこがましい行為である。

 世界的レベルにおいて、「世界最大の単独機死亡事故という520名の生命が奪われたことを考えれば、日航の社員が未来永劫隠すレベルではなく、全ての証拠物を公文書として保管管理し、国民に開示するのが当たり前」だからである。

追記だが、日本航空も、例えば相手の弱みに付け込み、社員の口を借りて真相究明をしようとする相手を罵倒し、物事を金銭で解決しようとする手段や、昔の組合同様のやり方で遺族間を分裂させてお互いに組ませないようにする方法は、もはや無駄であることを理解したほうが良いと考える。こちらの弁護士にお見通しであり、裁判官の心証が悪くなるだけである。

いまや、あの頃の黒電話ではなく、いつでもどこでも録音できる、いつでもどこでも写真が撮れるスマホの時代なのだから。

 

日航ジャンボ機墜落事故の遺族 データ開示を求めて日航を提訴しました 

 歴史的裁判の開始です!記者会見を行いました!

                      青山透子

 3月26日、東京地方裁判所に、日本航空が所有するボイスレコーダー等生データの開示を求める訴訟を起こしました。愛読者の皆さんと共に、ついにここまでたどり着いたことを素直に喜びたいと思います。

もっとも重要なことは、裁判が一切行われなかったこの事件の真実を知りたいと願うご遺族の気持ちを汲むことであり、これを否定することは誰にも出来ません。

520名もの死者を出した日航123便墜落事件を不起訴のまま36年間も放置し続け、推定のままの結論を追及もせずにメディアもダンマリを決め込み、事故調査委員会は遺族の求めに応じて再調査もしていないにもかかわらず、逆に証拠品を日航に返却した、という、他の国でもあり得ないことを平気で行ってきたのが現状です。恥ずべき現実を見つめなければなりません。そして、事故調査報告書を鵜呑みにした人たち(したい人たち)が、真実を追求することを妨げてきました。

原告は、日航123便墜落の真相を明らかにする会の会長の吉備素子さん、日航123便を操縦していた佐々木祐副操縦士の実姉の市原和子さんです。代理人の弁護士は8名、記者会見はそのうち5名の弁護士が行いました。

会の事務局の記録係として会場に私も参加しました。

弁護士からの訴状内容の説明後、吉備さんからのメッセージが流されました。

「36年前の墜落発生時からずっと数々の疑問を持ち続けてきた、青山透子さんの本を読み、そして10年前に青山さんと出会って共に解明を進めてきたこと、その気持ちを汲んで下さった代理人の弁護士の先生方と一緒に、夫のためにも事故原因の真相を知りたい、それは私しかいない」という吉備さんの切実な思いが伝わってきました。

記者会見では、三宅弘弁護士が、事故機の写真を掲げて話し、さらに壇上には裁判所に提出した私の本が並びました。この資料からもこれだけの新事実がわかってきた今こそ、真実を解明しなければならない、そのための第一歩としての情報開示であると話されました。なお、論証として拙著が5冊、文庫本も含めて裁判所に提出されました。

本を書き続けて11年目、裁判準備に3年間、私が持つ全ての証拠を弁護士に開示し、それが裁判資料として正式に採用となったわけです。そうして書き上げた本が壇上に並んだ時、この日のために、吉備さんと共に準備してきた長かった日々が思い出されて感無量でした。

若い記者さんにとっては、生まれる前や幼い頃のことだったかもしれません。しかしながら、皆さんが食い入るように遺影写真を眺め、熱心に聞いていらっしゃいました。大変良い質問も飛び交いました。

当然のことながら、これだけの事故を起こした日本航空という一企業が、生データを勝手に「出す、出さない」を決められるはずはなく、未来永劫、隠し通せるものでもありません。

特に日航は、税金で設立された会社で、しかも1985年当時は半官半民でした。倒産時も多額の税金をつぎ込んだことも含め、国民の前に開示する義務があります。

それから今回、過去の大事故に関して事故原因を疑う大きな訴訟が提起されたことは、コロナ禍に加えて、日航の将来や経営に大きな不安定要素をもたらす可能性がある案件となります。従って次の株主総会においても、投資家保護のために有価証券報告書の「事業等のリスク」に訴訟について明記しなければならないことをお伝えしておきます。

重大な疑義を株主に対して述べていなかった、つまり、それこそコンプライアンス違反を問われるでしょう。情報開示をして、過去の罪を認めたほうが私は得策だと思いますが……。さて、読者の皆さんはどう思いますか?

この現代社会において、何かがあった場合、企業に求められることは素直な謝罪であり、「その全容を自ら明らかにする、過去の汚点を一掃する」態度です。逆に、経営者の真摯に取り組む姿勢がない場合は世間から見放されて終わりでしょう。そして必ず隠蔽はバレるのです。日本航空もそうです。

 事故調査委員会は、自分たちの手を汚さずに、国の情報開示法の対象を逃れたい一心で、日航にすべての責任を擦り付けるために返却したのかもしれません。どこかの国を批判する前に、自分たちの襟を正さなければなりません。

 いずれにしても、いまだに遺族が納得していない以上、日航が持てる情報を開示すべきなのは当然なのです。

 自国民の前に、この日航123便事件の情報を開示する度胸がなかったのが過去の日本人だとすれば、今こそ古い人間の価値観やその片棒を担ぐことなく、新しい方向性に皆さんと進み、過去の汚点と向き合わなければなりません。

 

記者会見において、新事実を認識した記者たちが、この日航機墜落事件について今後も書くべきです。そして、上層部にいくら何を言われようとも、若い記者たちの上司は許可すべきです。それが自分の仕事への誇りでしょう。

茨の道であろうとも、どうしても書かなければいけないこの事件を、各社は引き続き掲載させるべきです。そして新事実について放送しなければならない、それが未来を創るメディアの役割ではないでしょうか。

そして、それを動かすのが皆さん、つまり世論だと思います。読者の皆さんのパワーに心から期待しております。

 

終了後、記者さんと名刺交換をしながら、ここまで10年かかったことや、訴訟準備に3年以上かけたことを話しました。余談ですが、会見後に、初めてお会いした人と、「実際に青山透子さんが存在していてよかった」という笑い話をしました。恐らく、記者さんたちも事実関係がわかったと思います。安易なネット情報に騙されやすい人もいるため、学位の写真まで常時持参していますし、今までの取材を行った人達の写真もお見せしました。

さらに、「日航123便墜落の真事実を認めたくない人によるネット社会の弊害ともいえる安易な書き手」の存在については、書き込み者の発信元開示請求をしたらどうか、こういった嫌がらせの書き込み者の素性は、おのずから知れている、あの日に何かやらかしたやつか、もしや内閣情報調査室だったり、防衛省の地下某所からの書き込みだったり、元自衛隊関係者だったり、旧運輸省だったり、はたまた日本航空の社員(元社員)の書き込みならば、絶対こっちに有利だね!その時、裁判は当然、日航に不利だろうね。

この問題については、また記者会見を開きましょう、と語り、弁護士と大笑いしました。

果たして日本の司法の未来はどうなるでしょうか。この裁判を通じて、政府や防衛省、そして今話題の総務省国土交通省からの圧力や忖度に関係なく、公平に裁判が進むことを願います。そして、司法を心から信じさせてほしい、とご遺族は語っておられましたことを、この場でお伝えします。読者の皆さん、この点も注視してくださいね。

 

なお、昨日の記者会見の写真は、既に日航123便墜落の真相を明らかにする会のホームページに掲載しておりますので是非ご覧ください。

NHKニュース、サンケイニュース、読売新聞群馬版、上毛新聞、毎日新聞熊本日日新聞西日本新聞佐賀新聞等、全国各地の新聞でも取り上げられました。

なお、日航123便墜落の真相を明らかにする会ホームページには、吉備素子さんの全文掲載をしています。これは記者会場で流れたビデオですが、ご愛敬部分(ここは初公開)も含まれております。吉備さんのお人柄が分かりますのでどうぞごらんください。

さて、これからが始まりです。皆さんの応援を心からお願い申し上げます。

 ★日航123便墜落の真相を明らかにする会HP(吉備さんビデオ付き)

なお、このページは拡散希望です。裁判を勝つために、ぜひ皆さんのお力をよろしくお願いします!!!

裁判関連情報 | 日航123便墜落の真相を明らかにする会

 

www3.nhk.or.jp

日航機墜落、遺族が音声・飛行データ開示求め提訴 「520人の供養に」 - 産経ニュース

中日新聞

https://www.chunichi.co.jp/article/225222?rct=national

テレ東ニュースユーチューブに吉備さんのメッセージが掲載されました。

 

www.youtube.com

 

卒業生たちからの言葉 青山透子

 コロナ禍の困難な時代、以前、私が講演をした各大学の学生で、卒業を迎えた皆さんから大変嬉しい手紙を頂戴した。私の講演内容が、彼らの進路を考える際に参考になったようである。未来の自分を想像し、その心に正直に生きること、また、誰かに寄り添うことを目標として職業を選んだ、とのことだった。

 最近、私は友人や知人たちとオンラインでやり取りすることも多いが、こういった手紙というものは、いつの時代も本当に心にしみわたる。リアリティを持ったつながりは、私の取材活動においても強みとなっている。

 また、高校生のクラブ活動で日航123便事件を取り上げ、拙著を輪読してくれた生徒さんたちからも嬉しいメールが届いた。在校中の3年間にわたって、この問題を取り上げてくれた3年生の皆さんから、卒業に際して送ってくれたその一部をこの場で愛読者の皆さんに紹介する。

「この部活動に入って良かったと思っています。520名の命が失われたにも関わらず真実を今も隠蔽し続けているのが信じられないです。私達三年生は明日で高校を卒業しますが後輩の皆が更なる真相究明のために頑張ってくれると信じています。卒業後も私達は真相究明のため、これからも貴方様の力になりたいです。」

 その高校のクラブ活動顧問の先生とは、2019年7月16日のシンポジウムの際、名刺交換を行った。教諭によれば、部活の部屋には日航123便の乗員の写真と名前が掲げてあるそうだ。文化祭で日航123便事件の発表をした生徒たちが一生懸命書いた乗客のお名前は、御巣鷹の尾根登山をした際に上野村へ持参し、尾根の管理人さんに渡したとのことだ。

なぜ、乗員の分だけがまだ部活に貼ってあるのか。その理由は、「真相究明がまだなされていないからであり、青山さんの仲間だった客室乗務員たちは、今もなお絶対に納得できないからだ」とのことだった。真相が明らかになるその日まで、「若い僕たちは決して日航123便事件を忘れずにずっと追い求めていく」との意思表示とのことだ。

その教諭から私へのメールの一部をここでご紹介する。

「実は本校には、文化祭で掲示した15名の日航の乗員の方の名簿と写真が部室横に掲示されてまして、2年半の月日で字が薄くなってきたために、全員で濃く塗って再生しました。乗客の方の名簿は、すでにお巣鷹の尾根に慰霊登山したときに黒沢さんにお渡ししたのですが、この乗員の方の名簿は事件の真相が解明するときまで学校に掲示しておこうと決めたものです。」

早速私は、ご遺族の吉備さんに連絡を取り、このことを電話で話をした。吉備さんは、電話口で泣いていらした。私も涙が出てきた。

そして、二人で決意を新たにした。

 「墜落の新事実」にも書いたが、吉備さんは、ご主人の戒名について住職に尋ねたところ、「このことは世界中に響き渡らせよ。絶対に納得するまで私はあきらめない」というメッセージが込められていると告げられ、それからご主人の意思を受け継ぎ、真相究明を求めてきた。

ずっと協力してくれる人を捜し求めておられたが、取材に来た新聞記者でも自分が一番言いたいことを書いてくれなかった。その中で2010年、私の「天空の星たちへ」を読んで、この人ならば、という思いで、大阪からわざわざ私に会いにこられた人である。雷の轟音も録音されたほどの強烈な雷雨の日、吉備さんがタクシーから降りると、ぴたりと雨が止んだ。「きっと主人が見守ってくれているんや」と大阪弁で語る吉備さんと、マガジンランド出版社にて担当編集者と初めてお会いしたとき、私は「日本航空にいた人間として、出来る限り研究調査を続けて行っていく」と約束した。

 私は東大大学院に在学していた際、自分の研究のみならず、この問題について教授たちに問題意識を投げかけ、それにこたえて下さる教授と共に調査を続けてきた。なお、東大では、大学院生は各専攻に基づく講義のみならず、他の専攻の講義や学部の授業においても、専門性の高いゼミや医学部等の臨床実験等以外は、ほぼなんでも受講可能であった。私は環境科学や物理学、法学(法倫理学)、哲学、工学部などの講義も受講した。ちょっぴり自慢させていただければ、単位登録をしたものについては全優だった。(この意味は、東大生ならばすぐわかるでしょう)

ということで、皆さん卒業おめでとう!

あなたたちの心に響いた数々の言葉と私の文章をピックアップしてくれて本当にありがとう。

私が皆さんに贈る言葉は、「自分に嘘をつかない勇気を持つ」ということではないだろうか。そして、誰かに寄り添うことでそれが強くなり、必ず道は開ける。これは間違いない。

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管理人です。

皆さんからの河出書房新社宛にお送り下さったお手紙や書類は、毎月月末にまとめて青山さんにお渡ししております。月初めに送って下さった方々への直接連絡は多少遅れてしまいますのでご了承下さい。なお、関係者の取材においては従来通り直接お会いして行います。オンラインでの取材も行っていますのでよろしくお願いします。

 

★読者の皆さんからの言葉です

◎「嘘は隠し事は必ずばれる」

◎ネットでカモフラージュして必死に存在をないことにしたい人も、自分のお尻が見えていることがわからないかわいそうな人である。もしも青山さん以外の誰かが書いたとしても、事実は変わらないのに。こんどは別の人を実在しないと言い続けなければならない。バレバレにもかかわらず実に哀れだ。

 ◎青山さんを批判している人も、同じく事件だという結論となって、自分たちもある程度関与していて、自分たちが批判されるのを恐れて言っているのではないでしょうか。

◎僕が青山氏を取材させてもらったとき、一生懸命話す青山氏の姿に、何かを理由に貶めようとは思わなかった。その賢明さと懸命さは、十分に伝わってきた。必ず僕は番組を作ることを決意した。

 

 

 

ANAとJALの行く末 政府の成長戦略会議

政府の成長戦略会議のメンバーがANAJALの行く末を語ってはならない!

有識者出席者の竹中平蔵氏はご自身の思い描く戦略として、「世界の航空業界を考えると、健全な競争が不可欠でありながらもグローバルな視点でどう生き残るべきか」について公共放送で語った。経営の神様と言われた稲盛氏ならともかく、航空の素人の方が唐突に語る場合、その裏に何があるのかに注視しなければならないと私はある人から聞いた。

なお、もしANA、JALの経営者がこれを読まれたならば、私のような小さな存在が政府の有識者メンバーに何を言うのかと思うだろうから、森永卓郎氏の「なぜ日本だけが成長できないのか(角川新書)」を読んで頂きたい。特にp96をぜひお読み下さい。

公共放送で流れたような具体的な話は、内閣府の議事録(下記内閣HP参照)には書かれていないが、竹中氏の肩書のタイトルから、もしかすれば、一般国民が惑わされ、ANAやJALの経営者が安易にその方向性に導かれかねないので、私はあえてここで述べておく。

 

竹中氏は、「国際的視野で見れば、コロナ禍で各国の航空会社の倒産や合併は進んでおり、メガキャリアの2つが1つになっている。この日本が北東アジアのリーダー的存在になるためにと考えると、ANAが国際線を、JALが国内線を中心に分ける方針が一番」という内容であった。

これは最先端成長戦略でもなければ、このような政府の戦略会議で話すような内容でもないだろう。その理由は、官製の会議のメンバーが、いかにもその方向性であるがごとく話すこと自体が、民間企業の健全な競争を妨げる言動そのものであることだ。自由競争を促す竹中氏は、一民間企業の事案に対して、横から口をはさむという明らかに自己矛盾を起こしている。もっとも、ご自身の発言力を見越して言った(メディア操作で放送させた)とすれば、私たちは、その根底にあるものは何かに気づく必要がある。

JALは公共交通機関とはいえ、1987年(昭和62年)11月に民営化されてから既に34年が経ち、2010年1月の倒産から11年という経過した民間企業である。そこに昔ながらの方法を持ち出して、官製会議メンバーが口を挟むべきではないのである。

 さて、竹中氏のこの発想は51年も前に行われていた化石の発想だと気付いた年配者は、まだ多くいるだろう。これは1970年(昭和45年)のよんごー、1972年(昭和47年)のよんななから、「45・47体制(航空憲法)」呼ばれていた日本政府による産業保護政策であり、昭和45年に閣議了解、昭和47年に運輸大臣が通達した航空政策である。

日本航空は国際線と国内幹線(札幌、東京、大阪、福岡、沖縄のみ)、全日空が国内幹線とローカル線、東亜国内航空が地方ローカル線を、それぞれ分けて飛ばしていた。その結果何が起きたかというと、切磋琢磨しないもたれ合い体質や高額な運賃や、東亜国内航空の地方空港誘致と日本航空の政官財癒着による大赤字で、東亜国内航空は事実上倒産にもかかわらず、社員たちは無自覚のまま日本航空と合併、その直後から事故多発(年間100件以上)、合併後の数年で日本航空が倒産した。

一方の全日空側は、政策廃止の恩恵を得て自由に飛べるようになり、社内の士気を高めていき、国際線を順調に伸ばして路線拡大し、コロナ禍がなければ順調な経営状態であった。

百歩譲って、航空業界を取り巻く現実と国際的競争を考えれば、「日本は小さな島国だから51年も前の状態に逆戻りしたほうがまし」という提案なのだろうか?

 竹中氏は、JAL倒産の際、自民党政権ではなく、民主党政権下で行われた不透明で超法規的な手段で救済された日本航空への保護政策について異議を唱えたいという思いだが、これについては私も同感である。だからといって、いまさら古びた政策を持ち出しては、それこそ民間企業の競争原理に反する。

 

それではここで、過去に実際にあったある事例をもとにして皆さんと一緒に考えたい。

 1996年当時、高額な航空運賃で、横一列の値上げが続く北海道民にとって、航空会社の選択が出来なかった。北海道内異業種交流会で、これではいつまで経っても道内の経済は発展せずに高額の航空運賃によって道民に悪影響があるとし、29名が発起人となり、道民による寄付等で一致団結して、彼らの思いが詰まった民間初の格安航空会社、AIRDO(エアドゥ)が誕生した。その後、社長の急死等で経営は行き詰ってしまったが、ANAに吸収合併されたエア・ドゥは、現在も飛び続けている。その一号機には、機内の壁に寄付者の名前が刻まれており、初めて男性の客室乗務員もいた。カジュアルな服装でのサービスで、私もその一番機に搭乗したことを懐かしく思い出す。

 あの時の民間人のパワーはすごかった。ただ、革新的なわりには、経営の中身が旧態依然であり、今でこそ当たり前のインターネットによる直接の予約制度や、代理店を通さずに直接席を販売する、ということが、様々なしがらみの中で出来なかったことも敗因だろう。

その中で、一番危惧したことを皆さんに伝えたい。

このAIRDOの当時の客室乗務員採用と訓練において、まだ実際の飛行機が来ない段階で採用して訓練しなければならず、もし飛べない場合や経営がすぐに行き詰まった場合を想定して苦悩していた当時の社長、中村晃氏は、知り合いからA人材派遣会社を紹介されて、次のような話をもちかけられた。

「私たち人材派遣会社が出資して別会社を作り、客室乗務員の派遣会社を作りませんか。いざとなった場合は、こちらで引き取りますし、どこかの事務職にでも派遣すればよいです。もっとダメになった場合は会社ごとを潰してしまえばよいですよ」。心底その浅ましい発想に驚き、契約しなかった。

最初から人を切りやすいように別会社を作り、人材派遣として送り込む、この発想はまさに労働基準違反である。さらに、客室乗務員の場合、事務職とは異なり、特殊な訓練をする。エマージェンシー訓練が重要なのであり、保安要員としての自覚や訓練は不可欠だ。その訓練を経て派遣社員とし、ましてや、上手く行かない場合、その会社を潰す?

それは明らかに厚生労働省の労働基準違反どころか、犯罪に近い行為である。

 この発想が人材派遣会社にあるとすれば、航空会社は到底彼らとは組めない。こっちは乗客乗員の命に係わる問題なのである。立ち上げでお金がなかった時だったが、さすがにAIRDOの社長は断った。

なお竹中氏はP人材派遣会社の会長を務めているそうだが、まさか航空会社の客室乗務員や運航乗務員の派遣業に食い込みたい、というその人材派遣会社の社長さんの気持ちを受けてではあるまい?

日航側もあの赤いソファーで、ミニスカートの女性に囲まれて麻布十番コーヒー店から取り寄せた香しいコーヒーで口説かれてはいるまい?

経営に責任を持って雇用を保護する、ということが、藁をもすがる思いであっても、本当に藁くずを掴んではならないのである。

昨日も大雪で滑走路脇にそれた日航機があったが、最近、ちょっとした事故が多発している。運休ばかりで飛行機を動かしていないと飛行機自体に不都合が生じ、運航者の技量も落ち、整備も十分ではない飛行機を飛ばすことになりかねない。より一層の注意が必要となる。

JALは倒産の際に多額の税金を使い、その後10年間も猶予を与えられたにもかかわらず、一体何をしていたのか。多角経営は儲かっている時に考えて準備するものであり、じり貧の今さら多角経営を考えてどうするのか。

企業は永遠ではない。身を切り、骨を切りながら、もっとこういう方法があるのではないか、もっとこうしたら少しでもキャッシュが残るのではないかと必死に考え、まっとうな方法で経営していくものである。日産でも裁判で今さらながら経営陣の言い訳がすごいが、結果はあの通りだ。

安易に藁にすがるのではなく、社員共々自覚を持ち、経営を突き詰めて考え、実行していくことこそ、そして何よりもいつまでも政府という親にすがるのではなく、自分たちを自律し、自立すること。それが出来ない航空会社は倒産したほうがましである。航空機事故を起こされてはかなわない。解体して人材を流出し、LCCを複数設立して、競争を促すほうが健全だ。

なお、内閣府の成長戦略会議議事録は次の通りである。

つい数か月前の10月の議事録では、随分と能天気なことを言っているが、今、このコロナの現状を見れば、彼らの発言に頼っていれば成長戦略の行く末が一体どうなるのか、誰でもわかるだろう。それにしても、この会議自体に何の意味があるだろうのか?私は読者の皆さんの判断にゆだねたい。

開催状況|成長戦略会議|内閣官房ホームページ

JAL倒産日 1月19日に思う (追加20日掲載)

本日はJAL倒産日             青山透子

「2010年1月19日(火曜日)夕刻、日本航空株式会社(日本航空インターナショナルJALキャピタル共に3社)は、東京地方裁判所会社更生法の適用を申請した。私はどうしてもこの日の数字が気になった。1月19日ということは「119」である。あの御巣鷹の尾根で大破した飛行機の個別認識記号はJA8119号機。JAは日本国籍のことで、8はジェット機の意味、その次が個別の番号となる。それが119だったのである(拙著「疑惑のはじまり―天空の星たちへ」p381より」

 この文章は、ちょうど2010年の執筆途中で日本航空の倒産を知った日に書いたものである。そして、負債総額二兆三千二百二十一億円という、戦後事業会社一位という過去最大の経営破たんとなった。ここでも2321と、123がらみの数字が並ぶ。

この時、不自然なまでに一部の新聞や公共放送のテレビでは、経営破たん、倒産という言葉を避けて、直ちに企業再生支援機構による支援が決定して公的資金枠9千億円投入と強調した。その陰では政策投資銀行による3千億円規模の債権放棄、いわゆる税金を含めての巨額の債権放棄があり、同年二月に上場廃止、あっという間に株価はゼロ円となった。なお、ドラマ「半沢直樹」でも取り上げていたが、JALの部分は事実とは全く異なったのでドラマとして見るならばともかく、注意が必要である。

翌日の新聞各紙にJALが全面広告を出し、「飛び続けます」と大々的な宣伝をした。そこの下に小さな文字で、お詫びが書いてあった。この倒産劇は何をもたらしたかというと、そこで働く人たちに無自覚さを生んだ。さらに世間に対して、まるで倒産がなかったかのように見せかけ、経営責任がなかったかのような印象を与えるように必死だったと思われる。実際にその時の社長は辞めてもすぐに日航財団の理事となった。その年の社員たちからの年賀状は、「JALはちょっと風邪を引いただけです」という、能天気な年賀状や南の島でのバカンスの写真が届いた。

 今、ちょっと風邪を引いただけです、ではすまされない事態となっている。

 

拙著「疑惑のはじまり」の出版直前に倒産というタイミングだったため、私は次のように書いた。

「人間とは所詮、お金が入ってこない(お給料が入らない)現実や解雇、さらにロビーのシャッターが突然閉じることや、燃料をストップされて飛行機が飛ばない、乗客がひとりもいないなどを経験し、崖っぷちに立たされないと、どうしても倒産という現実を受け入れられないものだ」。

そして、このような「日本航空の倒産は大したことない」という経営陣の振舞いについて、

「企業更生に不可欠な従業員たちの自己洞察力と自己改革、そして現実の重さを認識する最大のチャンスを失った」と記した。案の定その後、多額の税金投入や債権放棄も忘れて役員報酬を高額に引き上げ、コロナ禍直前の昨年の一月、NHKのインタビューに「見事なV字回復を成し遂げた」と自慢そうに植木代表取締役会長(現在会長)は語り、パイロットの飲酒事件もなかったかのようにふるまった。その直後、コロナ発生で飛行機は止まった。

今、巨額のキャッシュが瞬く間に流出し、乗客からの収入が激減し、空港ロビーにシャッタ―が閉まった現実を見て、何を思っているのだろうか。

恐らく、考えられることはいわゆるサラリーマン経営者的発想で、「自分の経営責任ではない、相手はコロナなんだから気が楽だ。いくところまでいくしかない。多少ジタバタしても仕方なし。何百億があっという間になくなっていく現実は止められない」と思っているのではないだろうか。

ナシ農家やミカン農家に社員を手伝いに行かせたとしても、多角経営を模索したとしても、飛行機は一機置いておくだけで億円単位のお金がかかる。飛ばない飛行機のメンテナンスは本当に大変であり、カラでも飛ばさないと機械的に不都合が生じる。飛行機を売りたくても世界同時コロナ発生ゆえ、今まで買ってくれていたアフリカ等の他国やLCCといったお客はいない。他国の航空会社は自分たちも倒産しそうな状況ゆえ、JALANAも飛行機など売れるはずがない。20年以上使用した飛行機は米国の墓場へもっていって廃機となり、部品を取られる道しかない。きっと整備士は心から残念で本当に切ない思いだろう。

世界同時にこのような状態であることは揺るぎのない事実であり、変異ウイルスと化していくため、ワクチンだけに頼ることもできない。今後数年間は続くであろうことは、当然考えればわかることだ。オリンピック頼みの細い糸も切れかかっている。

公共交通機関の使命どころか存続が危ぶまれている。多額の借金をしてしまったANAはあと半年、税金を取られずに済んだことで貯め込んだJALはあと1年で、キャッシュが底をつくだろう。次のシナリオを考えておかなければ、到底このままでは両社が企業としてあり続けることは無理である。返済する必要のない資金調達として増資を選んだ、などという安易な考えでは破たんにつながる。当たり前のことだが、市場からの増資はコロナ支援給付金ではない。まさか再び国有化してほしい、などと思っているのではないだろうか?

私が言いたいことは、困難な中でも必死に経営に挑む心根の問題であり、いつまでも「親」に頼る気持ちがある限り、もたれ合いの意識が生まれ、本気の経営などできないということだ。LCC経営のためと言いながら新機種の飛行機を買うなど、安売り企業設立時に最初から新車を買うようなものである。

 

2002年10月1日、日本エアシステムというその昔東亜国内航空と私たちが呼んでいた会社が日本航空経営統合した。その後、日本航空が倒産に至るきっかけとなった。

つまり、危機意識ゼロの人たちによる合併で社内に不和と不都合が生じ、次々とミスが発生し、死亡事故には至らなかったものの、顧客離れを生んだ。そのいきさつと事故多発については、「疑惑のはじまり」に書いてあるのでぜひ読んでほしい。

このような前例から学ばずに、あの時のような合併を企てている人がいるとすれば愚かである。全く勉強していないということになる。国土交通省の役人がつけた無責任な道筋の結果、日本航空は国内路線拡大どころか、大赤字となり、社内も分断されて、戦後最大の倒産劇へとなったからである。

 私は一度倒産したような会社を軸とすることなく、またあの時再建した経済界の重鎮の顔を立てるというような旧式の方法や、昭和の義理人情ではすまされない現実をしっかりと見定めていく必要があると考える。

何よりも、この前例のない変容する世界での過去の経験則は通用しにくく、生物学的においても、リアリティ―や想像力が不可欠であり、これからの新しいステージは次世代の若者たちに譲るべきである。

ANAのようなのびやかな会社に主導権を握ってほしいと心から願っている。これは何の裏表もない。一顧客として両社を乗り比べて感じた素直な意見である。

ただしJALに追いつけ追い越せの時代は活気もあり、JALの恵まれた環境に対する嫉妬や不満もあり、逆にそれをバネにしていただろうが、今やすでに追い越している。

JAL同様に政治家の子弟を入社させたり、官僚や財界との人脈作りに勤しんで、コロナ禍の中、航空業界のためにGOTOトラベルをごり押しする活動をするのでは、JALと同じような失敗を繰り返しかねない。お願いする際に無料航空券持参やCMでつっても、コロナ禍の中では何も意味がない。

もっと独自の発想で、世間を味方に出来る企業こそ、そして癒着ではなく、自律性と透明性のある企業こそが生き残る。

 

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管理人です。

1985年当時を知る著者ならではの客室乗務員たちの日常や、殉職した乗務員たちの素顔を満載した「疑惑のはじまり(河出書房新社)」をぜひお手に取ってお読みください。なお、青山透子作品の「日航123便墜落の新事実」、「遺物は真相を語る」、「墜落の波紋そして法廷へ」は、いずれも全国学図書館協議会選定図書となりました。

正当で冷静な評価に多くの読者から喜びの声が届いています。関係者の皆様に深く感謝いたします。さらに周りの皆様にご紹介頂きましてお読み頂けますよう、今年もよろしくお願いします。

 

 

 

初春のお慶びを申し上げます

初春のお慶びを申し上げます

  新年いかがお過ごしでしょうか。年末年始の風景がガラリと変わり、当たり前に混雑していた成田空港の様子も一変しました。空港に飛び交う旅客機はパタリと止まり、飛ぶのはカーゴ機ばかりとなり、乗客がほとんど誰も歩いていないターミナルなど、誰が想像できたでしょうか。

 コロナ禍で「全てがあり得ないことはない」と知った1年、そして昨年末に飛び込んできた新型コロナ変異種のニュースでさらに加速度的に人の往来がなくなりました。

英国から帰国のパイロットと家族が変異種にかかったというニュースによると、空港で乗客はチェックしてもパイロットや客室乗務員はPCR検査なしでスルーなのだということも明確にわかりました。それしても、どこの航空会社のパイロットか、ひたすら隠されているのもおかしな話です。

海外ニュースではさらに恐ろしいこともわかってきました。ユナイテッド航空国内線で急に具合悪くなった乗客が死亡し、心不全だったというキャプテンアナウンスだけで死亡した人を降ろした後、救助にあたった周りの座席の人やクルーはその人がコロナ患者だったと知らされず、その座席だけを消毒して、そのまま次の空港に向けて同じ飛行機で飛び立ったというのです。近隣の座席にいて、その後感染し、コロナ患者となった機内の人たちがメディアに訴えていました。それでもなおユナイテッド航空や政府からは何も知らされなかったということでした。台湾でも、久しぶりに出たコロナ患者は、パイロットとの濃厚接触者だったそうで、航空会社の乗務員は検査なしのために広がった、というニュースでした。

皆さん、日本のニュースや日本語のネットニュースのみならず、海外メディアのニュースに目を向けましょう。そこから真実が伝わってきます。航空運輸業界は世界中じり貧状態で収入激減、倒産も相次いでいます。だからといって、乗客への情報提供や乗務員たちはPCR検査を免除され、チェックしないで飛び続けているということは、各国の状況を見てもわかる通り、コロナをまき散らしているとしか思えないのが現実なのです。

 「密閉された機内ですが、換気によって2分そこそこで空気が入れ替わるため安全です」といううたい文句、これにも気を付けなければなりません。コロナに感染している人がいた場合、その人は絶えず息をし続けます。つまり常にウイルスを放出し続けるわけです。全体が2分間で入れ替わっても、到着で外に出るまで感染源がなくなるわけではないことから常に放出(供給)されつづけているため、乗客がかかる確率が高くなります。狭い機内トイレの中では感染者の次に入る人は感染源に触れます。つまり、密室空間の飛行機はいかなることがあっても、ゼロリスクどころか非常に高いリスクにさらされるという事実を直視しなければなりません。ましてやクルーはノーチェック、これは明らかに乗客へのサービスどころか、基本的な対応の放棄です。

 10月に読売旅行の観光バスで北海道旅行をしていた人たち17名の集団感染がありましたが、マスクも手洗いも徹底していたそうですが、閉鎖されたバスで、食べたり飲んだりしながらの旅行ですから当然クラスターが発生したわけです。この発表もこっそり昨年末に国立感染症情報センター発表がラジオで流れただけです。10月にきちんと発表されていればその後バス旅行を控えた人もいたでしょう。

このコロナ禍の中、一体何を守りたいのか、よく見えてきた気がします。

 それは命を守るといいつつ、内閣が経済産業省の主導から国土交通省の主導に変わり、自分たちのメンツや方策を優先させたためといえるでしょう。そこに依存した体質を持つ航空業界や運輸観光関連業界が、人の移動を止めたくなかったという理由が一番だと思います。いずれにしても、人の往来が広がることと感染拡大が比例していることは明々白々なのです。

 そのような世の中で、私たちは何を考えて行動すべきなのでしょうか。

 事実は事実として受け入れなければ、次の一歩が過ちにつながり、その対応は後手に回り、結果として何も生まないどころか、最悪の道を歩みかねません。それが今、この疾病として目に見える形で出てきたのです。政府の対応に頼っていてはどうにもなりません。ミスリードの振り回される前に、もっと賢く生きなければならない時代となったのです。

自分を見失わずに知識と経験を合わせながら、事実を直視してなすべきことをなす、そんな一年にしたいものです。

なお、日航123便墜落の真相を明らかにする会の準会員が順調に増えております。メッセージのコーナーに、ご遺族の言葉や英国人遺族についても順次掲載していますので是非御覧ください。

jalflight123.wixsite.com

それでは今年もよろしくお願いいたします。 青山透子

あり得ないことはない 青山透子

今年、強制的に日常が変えさせられ、あらゆる常識が覆り、何もかもが猛スピードで過ぎていった1年だったといえるのではないでしょうか。

さて、皆様のおかげで新刊本「日航123便墜落・圧力隔壁説をくつがえす(河出書房新社)」を世に出すことが出来ましたことに深く感謝申し上げます。特に今回の新刊本は、国内外の専門家や英国の日航123便関係者、弁護士の皆様に大変好評を得ました。日本国および米国の公文書を読み解き、英文解釈も入っていますので、少々一般の方には難しかったかもしれませんが、情報公開等の専門分野の方や法律を学ぶ大学生の教材としては最適だとのお言葉も頂戴しました。また、整理整頓された事件の流れは十分に裁判に通用するとの評価も頂きました。

コロナ禍だからこそ、明日何が起きる分からない今だからこそ、文章が心に強く語りかけてくると書かれたお手紙に大変励まされました。

真実の価値を見出して下さった読者の皆様、感想文をお寄せ下さった皆様、本当に有難うございました。

さて、今年の冒頭には、イラン軍による自国発の航空機誤射事件が起きました。現在は衛星画像も含めて一般人がアクセスし、検証できることによって真実が明らかになりやすくなったという一例だと思います。それによって、イラン国軍も遺族に向き合い、国として謝罪したことは、記憶に新しいと思います。

実はフランスでも52年前の1968年9月11日、エールフランス航空1611便が、エーゲ海で演習中のフランス海軍艦艇から発射された艦隊空ミサイルにより誤射されて墜落するという事件が起きていました。航空管制が遭難信号を受信した際、スクランブル発進がかけられて真相がわかったにもかかわららず、これらの事実は長年隠蔽されたままで、当初は、墜落原因はトイレの火災と言われていたのです。飛行ルート真下で行われていたフランス海軍による軍事演習の日誌は、その日の部分が引きちぎられ、海底の残骸はフランス軍当局に没収されたまま、ボイスレコーダー等も全て破壊されてうやむやとなりました。全てが日航123便と同じ状況です。

昨年遺族が、実は自国軍による誤射だと知り、エマニュエル・マクロン大統領に訴え続けるとともに、元フランス陸軍兵士Michael Latyも実体験を語り、航空機が目標から外れてエンジンの1つに衝突した熱探知ミサイルによって攻撃された、とメディアに話をしました。彼は勇気ある真実を語る本物の英雄となったわけです。

現代と冷戦時代とは全く異なります。さらに携帯電話もない時代、真相をもみ消すには今よりも随分と簡単だったわけです。

肉親の死が誤射であることについて、いまさら国益のためとか軍事機密などという言い訳は通用しない、51年間も機密扱いにする必要性などないとして、真実を知りたいという遺族が、お金はいらない、正しい情報を開示してくださいという訴えを昨年されました。そして、元兵士の証言も得て、フランス国防省は、軍の大臣であるフロランス・パルリ(Florence Parly)が機密解除を決定したと述べました。

あのフランスに出来てこの日本で出来ないことはないはずです。フランス同様、自国民として関わった私たちが明らかにする義務があります。そして、それこそが一流の国民であると認識されることでしょう。逆に、そこにスポットを当てようとする人を貶め、他の理由や屁理屈をこねて、誰もが当たり前に望む情報公開を妨げる人こそ、国益に反している人と言わざるを得ません。

フランス軍兵士のように、また当時の航空管制官の人も含め、今こそ真実を語る日本人が出てくることを、ご遺族は心から願っています。

オリジナルの記事は次の通りです。

'We need to hear it': families' 51-year wait for truth about French plane crash | World news | The Guardian