「日航123便墜落の波紋ー天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

核心を外すなかれ  青山透子

「核心を外さず正面から向き合う」 

 

外務省の玄関前に「陸奥宗光像」がある。

毎朝毎晩、外務省職員の皆さんはどういう思いでその像を見ているのだろうか。何も考えずに素通りするだけという職員もいるだろうが、陸奥宗光の「目」は皆さんの仕事をしっかりと見ているのだ。

実は、陸奥西南戦争時の政治的思惑で禁固刑を受けて投獄中、郷土史研究家の資料によると私の曾祖父が陰ながらずっと支えていたそうだ。陸奥は伊達家の子孫であり、原敬陸奥に引き合わせたのも曾祖父である。そしてこう語ったという。

「出獄した後、本物の政治家として国民へ奉仕すべく尽力せよ」。

そして陸奥は「幕末の日米和親条約をはじめ各国との治外法権を撤廃させた外務大臣」となった。勿論、歴史上の人物は西郷隆盛でも良い面、悪い面、つまり表裏があるように毀誉褒貶のある人物である。ちなみに『西郷どん』は明るく表面のみの大河ドラマだったそうだが、地元以外最低に近い視聴率だったのは、現政権に媚びたような深みのない浅い内容だったからだろうと思われるがいかがだろうか。

 

 話しは戻るがなぜ今、これを書いたのか。その理由は、お正月早々に読んだ本の最初のページに陸奥宗光のことが書いてあったからである。この本は日米地位協定に詳しい弁護士から贈られたもので、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門受賞した「この海 山 空はだれのもの?米軍が駐留するということ(琉球新報社編集局、高文研、2018」である。こういう本で私たちは沖縄の現状も含めてすべての事実はしっかりと受け止めなければならない。

 さて、この本の言葉を借りれば「戦後70年余、この国には一人の陸奥宗光も一人の小林壽太郎もいなかった。この国の外交の哀れな実態である」ということだ。これを読んだら曾祖父も陸奥を支えてきた甲斐があったと感慨無量だっただろう。

 先の戦争開戦時においては、軍の暴走と深い知識のない愚衆の煽りで開戦を止められなかったというのが外務省の苦悩であり汚点となったが、これについては日米外交史について深い考察を書く必要があるのでここでは省略する。現在は沖縄をはじめ、国民の主権がないがしろにされるほどの軍備拡張と軍関係予算の膨張を招いている。軍の練習基地として美しい自然のある島々を法外な値段で売り買いしている。これは明らかに内閣のみならず外務省としても放置しすぎである。軍の膨張と驕りはやがて戦争を起こすきっかけとなるのは歴史を見ればわかることだ。それらは全て外交の失態となる。もっと別の角度から次の手を考えるべきだろう。

 

 さて、新春早々、また日航社長の悲痛な面持ちでの記者会見を見ることになった。まず、私が最大の問題だと思ったことは、現在の大量飲酒はすでの2017年に起きており(同じ人物で再犯もあれば、他にも事例があった)、それらを報告せずに隠ぺいした結果、2018年にイギリスで逮捕されるほどの事件に展開してしまった、ということだ。一昨年で起きていたことを公表していればイギリスでの逮捕はなかっただろう。二流に成り下がった恥ずかしい実態だ。

 その先送りの理由は、ひとえに倒産後の法人税約4,300億円免除(倒産後9年間支払いなし)、役員報酬引き上げ(2017年6月22日株主総会議案)、航空局との取り決めである8.10ペーパーによる経営制限解除、新中期経営計画スタートと深く関係がある。このように、見せかけだけのV字回復でありながら、賃金も大幅に引き上げられた。これが危機感ゼロ、倒産の実感もない社風を生み出したのである。今年の年賀状で在職している日航社員からのものは、いずれも能天気なものばかりで海外リゾートでの家族写真や、山頂でヤッホーと叫ぶ写真であったが、この異常さに私は残った彼らには全く危機感がないことを悟った。

赤坂社長曰く「問題の先送り、責任回避、前例主義、身内への甘さ」が日航にあるとのことで、これらはまるでどこかの官僚のお仕事と同じだが、それを生み出したのは経営陣の怠慢である。前社長、前々社長の経営者としての生き様も問われる事案だ。

「安全への大きな脅威と認識することが社内検証委員会のテーマ」として、委員会設置ということだが、一つおせっかいな注文がある。これが逆効果にならぬよう、このおせっかいはしっかりと受け止めてほしい。

日本社会における精神性の特長として、「確信を外す」、「根本的な原因は追究しない」、「相手も自分も心地よいような報告書のみまとめて終わらせる」のが「大人的対応」とされ、これらは「優しさという優柔不断」を生み出す。

検証委員会には柳田邦男氏も入っているそうで、私は個人的には尊敬していたが、あの方は2011年の事故調査報告書解説本に際して意見を述べておられる。柳田氏があの解説本の内容そのものを科学的視点できちんと精査していらっしゃるとは到底思えないが、一つのお墨付きのように表紙を飾っておられるのは大変遺憾だ。実は、あれが出て以来、事故原因に疑問を持つ遺族のの間で不満が広まり、益々疑惑が深まった。つまり、このように、航空局らと組みやすしの人達と議論をしても問題の根本的な解決はしないのである。

日本社会特有の会議(委員会)では、問題を解決する手段としては機能しない場合が多く、こういった形だけの第三者委員会などは必要ないのである。航空局からの人材派遣による紹介された人々に問題を丸投げしてはいけない。社員一人ひとりに強い当事者意識を持たせることが出来なかった結果が今である。一部のイエスマンの代表者ではなく、実際に問題を起こした人への聞き取り調査(社長直属の秘書室が直接やるべきだろう)、きめ細かく組織ごとに分けて危機感を持たせる工夫、社内での問題の洗い出しをすること、問題の解決方法を自ら考えさせることが重要だ。社内の事情や内情を詳しく知らない柳田さんらの訓示を今さらながら傾聴する必要は無いと思われる。

私は客観性をもって遺族に直接話を聞くことで問題の所在がわかったのである。一部のマスコミ受けする人のみを対象としていたら、問題は出て来なかっただろう。実際に働いていた先輩方の亡くなった人の顔が浮かぶからできるのだ。

1つの事象がある場合、その背景には10以上の要因がある。10の事案を見逃した場合、100上の弊害が生じる。先送りがもたらすものは破滅である。だから、何か問題が生じた場合は、きっちりと検証し、原因のみならずその要因となった周辺も調査する。さらに再発防止のために何度も厳しく検証をすることで改善され、そこでようやく問題が解決する。

人は苦悩する時にこそ耐えながら善処し、心に真実があればいつかはその苦悩が宝となる。苦悩を避けてはならない。