「航空機事故調査はドライでなければならない。政治的干渉があってはならない」
新刊本「そして法廷へ」p88からp100をぜひお手に取ってお読み頂きたい。英国の元事故調査委員で、現在ICAOの航空情報通達メンバーであるD.G氏にお会いした時に彼が私に言った最初の言葉である。
そして彼の名刺の裏には「ブラックスワン」が描かれていた。
この意味も新刊本p99に書いている。
世界中の不透明な航空機事故では委員長交代劇が起き、さらに政府が運輸大臣をコントロールし、事故調査委員が従順で問題意識が低い国はゆがんだ報告書を出してくる、そう彼は私に教えてくれた。これらはすべて日航123便事件にも当てはまる。
そのような世界的情勢が否めない中で、あっぱれ、という言葉がふさわしいかどうかは別として、よくぞイラン軍は自分たちのミスを認めて謝罪した。
そこに至るまでに逃れられない事実が発覚して様々な理由があったといえども、なすべきことをなす国だという評価は上がる。このように、事故調査における透明性と情報開示は相手に謝罪と反省のみならず世界的な信頼をもたらす。日本のように、公文書をないがしろにすることがまかり通り、いつまでたっても事実を隠蔽すれば、再発防止というスローガンばかりが先に立ち、一向に問題解決にならないのはこの事件で明らかだ。今回、ネット社会や映像技術、さらに衛星からの監視等、技術は使いようで透明性を高めるツールとなることが再認識されたが、逆に最新鋭のミサイルによって今回のような悲劇が起きる。米国のケンカを売るような行為もしかり、イランの報復もしかり、こういった戦時的体制は必ず民間人を巻き添えにする。
通常通り離陸して、高度を上げていく最中、先ほど飛び立った国(母国)からまさか自分たちめがけてミサイルが飛んでくるとは思わなかっただろう。本当に痛ましい事件である。
余談ではあるが、よく日航123便にミサイルが当たったらその場で大破するというのが荒唐無稽説の人にいるが、私が仮説として取り上げたのは、非炸薬(炸薬が入っていない)模擬ミサイルや模擬標的機の話である。例えば、ガソリンが入っていないカラの缶をぶつけても、その場所がへこむくらいで、大爆発はしない。
こういった惨事が繰り返されないようにする私の究極的な提案は、現在イスラエル航空が設置しているようなミサイル回避装置を飛行機に装着することである。お金がかかるならば、燃料サーチャージ同様、ミサイル除去装置付き飛行機には特別付加料金をとればよい。全ての民間航空機に装着すべきという法律を定めてもよい。
今後さらに軍隊によるミサイル開発や宇宙軍、ドローンなどを含めると人的ミスはますます起きるだろう。
それについては少し前のマレーシア航空機撃墜について書かれている「民間機をミサイル攻撃から守る方法」のロイター通信のコラムが指摘している。(下記アドレス)
私たちは、けして乗客乗員176名の命は無駄にしてはならない。
犠牲者の未来を奪い、周りの人々を悲惨な状況に陥れる。本当にあってはならないことである。
それからもう一つ言いたいことがある。
日本のテレビでは、176人も亡くなった、これはすごい人数だと言うが、1985年の日航123便ではその3倍近い520人である。
またニュースキャスターやタレントたちは「よくイラン軍は認めたなあ」と感心する。
このように、国家や軍隊がミスを認めたということに感心してしまうほど、私たちの「国家はミスを認めない」という潜在意識が非常に大きいのである。だから自衛隊も日報程度で事実を隠そうとする心理が強く働く。
本来ならば、当たり前のことをきちんとすべきところを、隠蔽することが国家の安泰のため、とでも錯覚しているからであろう。
臭いものにフタをし続ければいずれ腐敗菌に犯されて発酵がすすんで爆発する。つまり自爆するごとく、自分たちで自分の国を腐敗させて破壊するのである。過去を直視せずに歴史から学べない人間は、自己都合で基礎的な勉強もできていないいい加減な歴史観を持ち、腐敗菌をばらまく役割をしていることに気づかなければならない。
イラン政府は、撃墜は「意図的ではなかった」と釈明し、革命防衛隊高官も、ウクライナ機を「巡航ミサイル」と誤認したとして全責任を認め、国民に謝罪した。