「日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

11月23日にローマ法王が来日する歴史的意味 青山透子

ご無沙汰しています。管理人からです。

2019年6月12日に国土交通委員会審議において、日航123便ボイスレコーダー公開及び相模湾からの残骸引き上げについて、衆議院議員津村啓介氏(国民民主党所属)が、質疑をされました。読者の方からの情報です。映像をご覧ください。

下記ユーチューブアドレス「疑惑のJAL123便墜落₋国土交通員会質疑」

www.youtube.comこの日にちの意味とその内容について、および本日ローマ法王が来日する意味について、青山透子から説明いたします。

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数字が物語る深い意味  青山透子

今年の新刊本「日航123便墜落の波紋―そして法廷へ」、この本がお手元にある方は146ページをご覧頂き、前から7行目を見てほしい。私たちがサポートして運輸安全委員会宛に送付した情報開示請求の答えが、「令和元年6月10日まで延長」と書いている。本を書いた段階では、まだ答えが届いておらず、どういう返答が来るのだろうか、という内容である。

情報公開法にもとづいて、6月10日(返答締め切り)以降、郵送で12日に届いた内容は、不存在や不開示で、資料の全体が全く記載されておらず、ひどいものだった。つまり、ここで答弁していることがそのことへの言い訳である。

6月10日、発送したこの日に、この内容(国土交通省の方針)を公に話す必要性があったのだろうと推定する。

特に石井大臣は、国際民間航空条約(シカゴ条約)を理由の一つに挙げているが、この条約の目的は、真なる事故原因の究明のためのものであって、真事実が出れば再調査をすると書いてあり、調査目的であれば特に隠す必要性などない。

逆にそれを隠れ蓑として隠蔽に利用することは許されず、その点については今回の新刊本で英国の元事故調査委員(現在ICAO所属)にも確認をした。そもそも水深が浅く、飛行航路真下に発見された遺物の調査もせず、相模湾に残骸を沈めたままで書かれた報告書などは価値はなく、これらを引き上げることは当然のことながら再調査につながる、とのことであった。

7月16日に早稲田大学においてシンポジウムを行った際、三宅弘弁護士が、この運輸安全委員会からの書簡における内容と彼ら委員の認識の低さと知識のなさ、情報開示に対する恣意的でいい加減な返答に対して批判し、どこがおかしいのか丁寧に説明をされた。

あの日、会場にいらした大勢の皆さんもしっかり聞いたことを思い出して頂きたい。皆さん、よく理解されていた。さらにこのように、公文書に対する行政側の認識がいい加減であるならば、今後法的に適切にしなければならぬ、という旨の基調講演を行った。

以上のように、日程や数字には意図があるのである。

今日ローマ法王が来日される。11月23日。123である。

私自身は信者ではないが、読者の方々に信者の方も多い。群馬県警察医で私に多くの資料を提供して下さった大國勉氏もカトリック信者である。あの墜落において、520人のご遺体がその一部でも無事に家に帰ることが出来たのも、大國氏のおかげといっても過言ではない。ご自身が倒れ、また心身共に限界になりながら、遺体の身元確認作業を続けられた。その白衣の裏側にはいつ倒れて、死んでしまうかもしれない、という極限の状況で、自分の名前と住所、そしてカトリック信者として主の祈りをマジックペンで書いてたのである、

実は今、そのカトリックの深いつながりが、大きく実を結ぼうとしている。これについては読者の皆様は、次回を楽しみに待っていてほしい。

事実は小説より奇なり。私は日々、それを体験している。