「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

日航123便 ある遺族の方からの手紙 青山透子

多くの皆様からの感想や励まし、お心遣い溢れるレター、読後感を表して、直筆の美しい薔薇の絵をかいて送って下さった元全日空B747機長、元航空自衛官ファントムの教官、有識者の方からの激励等々、本当に有難うございます。皆様の温かいお心に深く感謝申し上げます。その中でも目を引いたお手紙の一部を紹介させて頂きます。

大阪在住の遺族の方からです。「(略)一気に読ませて頂きました。これからも私ら遺族は益々行動を起こさなければならないと・・・思いました。遺族としてしなければならないです。再調査を願う事です。ぜひ協力してくださいませ。33回忌だからこそ関係者には本当のことを語ってもらいたいと願うばかりです。貴女だからこそ書いて下さったことに深く感謝いたします。本当に有難うございました」

また、引退されたパイロットの方からのお手紙も一部紹介します。

「(略)私はB747機のテストパイロットをやっていました。隔壁修理ミスについての報道に『それはおかしい』と私が思ったのを覚えています。飛行中に隔壁破壊はどう考えてもNOと思います。墜落時の衝撃で亀裂が入ったのが自然です。あの時、事故翌日の13日に素早くボーイング社社員や調査委員を米国は日本に送り、世界中に飛行しているジャンボ機の型式とは関係なく機体番号JA8119機だけの問題として発表しました。その時から私は『これはおかしいぞ』と思い始めたのを覚えています。青山様の本で『新』事実で目が点になったのでした(略)」

日本ペンクラブに所属するある作家からの手紙です。

「献本された本を一気に読みました。この墜落原因については、ファイアービーにやられたとか憶測と思い込みが多い幼稚な文の、既に発行されている本とは明らかに違い、貴方様独自の視点での文献調査と現地でのインタビューの積み重ねは非常に価値がありました。正直言って、毎年の精霊流しのニュースとしか、認識が私にはなかったが、論理的明確な文体、流れの良い文章これは大変評価に値します」

そのほか、沢山のファンレターも大変ありがたく思っております。また、8119や123という数字と巡り合ったことで、偶然私の本に出合えた、という方もいました。

それから、水島朝穂教授の公式サイトに出ている最後のJA8119号機の写真もよく見て下さい。あの飛行機が撮影されたのは羽田空港で、123便として大阪へ行くために滑走路に出た瞬間に撮影されました。あの窓の向こう側に亡くなった方々が乗っていました。2階席に非常用出口が見えると思いますが、2階席は坂本九さんが乗っていました。あの日はほぼ満席なので、下の階に空いた座席はなく移動することは出来ません。いまから不時着する、という場合とも異なり、突発的緊急時は乗客が下に移動中急降下もあるため、それも出来ません。私たちはインストラクション通りではなく、臨機応変に対応しなければならないのです。あの日、恐らく木原APは、あの高い2階非常用口からの脱出を考えていました。

皆様からのメッセージを励みにしてあの日を忘れず、伝え続けてきてよかった、継続して調査をしてきたことで見えてきた新事実をこれからも探し続けていきたいと思います。

皆様と共に、そして天空の520名と共に 青山透子

 

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