「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

ANA機、機内気圧低下による緊急着陸とあの日を考える 青山透子

33回忌の昨日12日、18時発の全日空37便(羽田空港から大阪伊丹空港行き)が、離陸して20分後位に機内の気圧が急激に低下したとして、羽田に引き返し19時前に緊急着陸をしました。ちょうど相模湾上空で引き返した、ということになります。CAのアナウンスの声が震えていたそうですが、おそらく日航機事故を思い出したのかもしれません。

32年前、同じように18時羽田空港発の日航123便は機内与圧低下によって垂直尾翼が吹き飛んだという理由で、結果的に、御巣鷹の尾根に墜落しました。

同日同時刻、同じルート。そして与圧系統の故障で機内の気圧低下という理由。これは単なる偶然なのでしょうか。

もし、見えない力というものがあるとするならば、私はこれは天空の星たちのメッセージが込められているのではないだろうか、そして与圧低下の状況を客観的に教えてくれたような気がします。

これは「魂の叫びではないだろか」と言ってくれた恩師の教授もいます。私も「風化させてはならない、あの日を忘れないでほしい」そういう520名のメッセージだったのだと確信します。

 

私は昨日、成田山にて33回忌として、新刊本を天空の皆様に捧げるために供養を行いました。お寺の上を成田発の飛行機が多数飛び立っていました。

実は、出版の際にもいろいろなことがありまして、そのうちのいくつかを読者の皆様にお伝えしたいと思います。これは全て本当の話です。

深夜午前2時頃、寝ずに執筆していた時です。どうしても対馬先輩の資料でほしいもの(紙1枚)が見つからず、膨大な資料に埋もれて1枚ずつ探していた時、疲れから意識がもうろうとして、思わず転んだのですが、そのはずみで積み上げてあった新聞や資料が雪崩のように崩れ、突然探していたその資料が、目の前にひらりと落ちてきました。あ!これだ、と本当に驚きました。実はこの経験は執筆中、何回かありました。

次に、前著にあるように「沈まぬ太陽(映画、若松節朗監督)」のエキストラで、群馬県高崎市民体育館に行った時の事です。撮影の際、お昼休み中に、監修で来ていた大國勉先生(群馬県警察歯科医師)の休憩部屋に行ってお話してみようと、部屋をのぞくと誰もいませんでした。まだ大國先生にお会いしていなかった時なので、顔がわかりません。どこかにいるのかなあ、と思っていました。

さて、撮影に入る前、私たちエキストラのいる風景をちょっと高い所から見下ろしている年配の看護婦さん(古いナースキャップをかぶり、日赤のようなスタイル)と一緒に、年配の医師(白衣姿で少し汚れがついている)が目に入りました。二人は顔を見合わせて「このセット、良く出来ているわねえ。すごいわねえ。あの日と同じですね」と話をしている声が私の耳に聞こえてきました。ああ、もしかしてこの人が大國先生なのか、と思っていたところ、すぐにセットに入る合図が出たので、話しかけられませんでした。その後いくら探しても見つからなかったのです。

後日、大國先生にインタビューを正式に申し込んでお会いしたのですが「あれ?あの時私が見た医師とお顔が違う?」と思いまして、私の見た医師はもしかするとエキストラ役の人?と思っていました。

その後、若松節朗監督にもお会いする機会があり、確認したところエキストラはお年寄りの人はいなかった、ということでした。

そして執筆中、私が新聞記事をチェックして目に入った記事とその写真に写っていたのが、あの時見たご年配の医師の顔でした。その記事は、群馬県の医師たちが遺体状況の確認が困難で、寝ずに活動をしている、という内容でした。この写真を大國先生にお見せして、その年配の医師のお名前を聞いたところ、なんと、事故直後、疲労困憊の為に亡くなったとのこと。

ええ?それでは2009年に私が見たあの医師の人は?そして看護婦さんは?

ここからは、皆さんのご想像にお任せします。

そのほかにも、担当編集者が夜中、出版社の部屋に一人残って作業をしていたら、最後の追い込みの校正中に、突然開くはずのない非常用ドアがバタンと大きな音を立てて開き、目が覚めた、とか……いろいろありました。

きっと、あの世から応援してくれていたのだと思います。

なお、早稲田大学法学学術院教授の水島朝穂氏がご自身のHPで拙著を紹介してくださいました。

また、西日本新聞のコラム春秋にて、拙著を取り上げてくださいました。

心からお礼申し上げます。

水島朝穂HP

直言(2017年8月7日)日航123便墜落事件から32年――隠蔽の闇へ

 

西日本新聞HP

「8・12」が来ると思い出す… - 西日本新聞