青山透子公式サイト日航123便墜落の真相

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

企業ぐるみの隠ぺい 青山透子

企業ぐるみの隠ぺいは、働く人間をダメにして罪の意識を覆い隠す

先日、日航への情報開示請求裁判の第一回口頭弁論が行われた。これについては、既に「日航123便墜落の真相を明らかにする会」の賛同者の皆様にお伝えした。下記、上毛新聞記事も参考にしていただきたい。

日航機事故遺族 データ開示請求 日航側が争う姿勢 「個人情報に該当せず」 東京地裁口頭弁論(上毛新聞) - Yahoo!ニュース

私は読者の皆さんに、そこに至る過程での不可思議な出来事について事実を報告したい。

吉備素子さんへのおかしな取材を行った共同通信社記者についてである。

まだ、日航側の弁護士から答弁書が来ていない6月12日(土曜日)、突然、吉備さんに取材の申し込みがあった。その共同通信社のH記者は、群馬県の地元でかかわってきたのでぜひ取材したいと弁護士に語り、その熱意が感じられたため、弁護士は吉備さんの「遺族としての思いを真摯に聞き取ってほしい」という願いを汲んであげたいと思い、取材依頼を伝えた。吉備さんは短い時間ならばよいと、電話取材に応じたのである。

ところが、その記者は、吉備さんへの質問で、全く日航123便墜落に関することを知らない様子を見せ、基礎知識もゼロだったため、吉備さん自身がH記者に、一から説明しなければならなかった。そのうえ、提訴の動機を疑うような質問ばかりが続いた。吉備さんは、これはおかしいと思ったそうである。そして、「あなた(H記者)は、もしかすると、今回の提訴は、青山透子さんや弁護士にそそのかされてやったと思っているんと、違うの?」と問い詰めたところ、「その通りだ」、と言われた、という。吉備さんは、「いいや、違う、そうではないのよ。私から弁護士の先生方に、必死にお願いしてその意思を汲んで下さって行っている。青山さんは私の疑問に丁寧に答えてくれて、本当にうれしかった。本に書いてくれて感謝している。けして、そそのかされた、とか担がれたわけではない」と何度も否定した。それにもかかわらず、そのH記者は、なぜか不満で納得していない様子だった。

そこで吉備さんは、「私の心を無視した記事を書かれては心外だから、青山さんに直接連絡を取って確認をしてください」と伝えたそうだが、裏どりが必須の記者のわりには、私には一切連絡は来ていないのである。吉備さんは、「提訴の動機まで疑われて、非常に心外な取材だった」と語っておられた。

さて、それはなぜだろうか?

その後どうなったのか、日程を提示して考えてみたい。

6月12日(土曜日):共同通信社H記者から吉備さんへ、突然の取材依頼。

6月14日(月曜日):共同通信社H記者に対して、吉備さんが訴訟動機を疑 われて大変心外だったという旨の書類と、今後の取材マナーも含めた文書を弁護士が送付。

一週間後・・・

6月21日(月):日航側弁護士から、この日付の答申書が翌日に届く。

6月22日(火):まったく何も言ってこなかった共同通信社H記者から、突然この日投函で、吉備さんへの謝罪文が届く。

6月24日(木):追加書類として、原告側から裁判所へ、吉備さんのこの訴訟にかけるメッセージを提出。

6月28日(月):第一回口頭弁論

 

私は時系列が真実を物語ると考えている。下記は一つの仮説である。

なかなか日航側弁護士から答弁書が来なかった間、何等かの確認のための取材が必要だった。しかし、日航側弁護士が直接確認することは出来ない。そこで●●の指示で共同通信社の記者が出向き、直接吉備さんの意思を確認するための取材を行った。それは「この訴訟はご遺族の本心ではなく、そそのかされたからだ」という流れにもっていきたい側による、裏どりがどうしても必要だった。裁判に際して、自分たちに有利なように運びたい、逆に言えばそれを伝えることで有利になる側の行動の一環ともいえる。

そもそも熱意を持った記者が、取材前にその事件のことを全く知らないとはありえず、プロならば無知で済む話ではない。さらに、原告に対して、一から説明を求めるという行為は、逆にこの遺族はどれほどの知識をもって、理解して裁判をしようとしているのか、というチェックともいえる。もしも、吉備さんから「なんだか担がれて、とか、先生方にお任せで」といった言葉が出れば、録音して証拠として提出しようと思ったのであろうと推定する。時系列に見た時、吉備さんが心外だったという文書を14日に出しているのだから、通常次の日ぐらいに、記者から謝るのが筋だ。しかし、謝罪文が来るのが遅すぎる。それは誰かに録音を渡して確認作業が必要だったからだ。そして、日航側の弁護士が答弁書を出した日に、記者が自ら謝罪文を書くことが決まった。なおその手書きの謝罪文一枚は、私が見ても全く心がこもっておらず、「取材が長くなってすみません、自分が勉強不足ですみません」、とうような、どうでもいい内容であった。組織におけるトカゲのしっぽ切り、そのような気配がすると思うのは、私だけではあるまい。

以前私が取材を受けて、その内容があまりにもバカにしたように感じられる文章だったため、異議を唱えたら、「権力に弱いもので~」という返信メールが来たのも共同通信社の記者であった。そのメールも取ってある。

いずれにしても、誰かの手先で取材したとすれば、大問題である。裁判も絡んでおり、謝罪文一枚ではすまされないのである。

どうも、共同通信社の方々は、日航機墜落事件が暴かれることを避けているらしい。それは、一部の人間だけだと、信じたいが・・・

共同通信社のホームページに書かれているのは、私が感動するような次のような言葉である。

 

2010年4月に公益法人制度改革に対応して社団法人から一般社団法人に移行し、「正確公平な内外ニュースその他の情報を提供し、公平な世論の形成と社会の健全な発展、国際相互理解の増進に寄与すること」を目的に強力な報道活動を続けています。(共同通信社ホームページよりそのまま抜粋)

 

これほど立派な目標があるのだから、この意気込み通り、そういう記者を育ててほしいと、心底願っている。そして、公平な世論を自ら葬り去ることがないようにしてほしい。ご遺族を騙すような取材活動は、自らの在り様を否定することにつながるのだから。

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 さて、今朝の報道によれば、今頃、不正が発覚した三菱電機株式会社のJR電車の性能に対する偽の検査証明書は、なんと1985年から始まったそうである。ものすごい数とのことで、まだまだ不正があるらしいとの報道だった。この三菱同様、1985年、この年から日航も隠蔽が続いていることになる。どちらも、いざとなったら政府におもねるような大企業の隠蔽体質は同じだろう。

この80年代を知らない若い世代の方に伝えたい。こういった昭和じみた古臭い老害の経営者が築いた会社は、あなた方が変えなければならない。安易に騙されることなく、隠蔽の社風に負けず、自らの目と耳で確かめて、不正や罪に手を染めないよう努力しなければならない。その罪は、会社という組織でうやむやになると思いきや、一生自分の罪として、心をむしばみ、人生に暗い影を落とす。

だからこそ、盲目的に思慮もなく、ただ命令に従ってはならないのである。

 今回の訴訟に関して、「原告2名の遺族は、ただ功名心の弁護士や青山透子に担がれて、そそのかされて訴訟を始めた」という流言飛語を流している人たちの罪は重い。

その人たちは、事実関係が全くわからないにもかかわらず、勝手にこちら側を貶めている。それは十分罪に価する。

JALは、LCCの報道をテレビ東京に流してもらって、かろうじて株価を支えているだろうが、実際はコロナ禍であっても、もっと頑張っている企業はたくさんある。所詮、張子の虎と言われる理由は、いつも目先のやり方で誤魔化しているからだ。日航が、格安航空会社を3つも持っていることは、手放した側からすれば多額の赤字を背負っているにすぎず、新規社員も、既存の日本航空社員が半数以上であるにもかかわらず、新規採用を声高に伝えているが、その裏には次のようなトリックがある。つまり余剰人員の籍を変え、賃金体系を変えて、新たな契約社員として従来の人件費を、こっちに付け替えただけである。「客室乗務員になりたい」という地上社員の夢を利用したともいえる。

 もっと正直に生きる様を、経営者は見せなければならないのではないだろうか。

1985年代からの不正は、社員に悪影響を及ぼすだけだ。赤坂社長は、真剣に考えてほしいと願う。