青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相

日航123便墜落事件の真相を追究するー歴史的裁判開始の幕開け

上野村にあるレストランヒロの壁にあった絵を実際に見た、絵を撮影した人いませんか

皆さんにおたずねします。

上野村にレストランヒロがあり、その壁に子供の書いた古びた絵があったそうです。それが、どんな絵だったのかというと・・・・・

大きい飛行機と小さい飛行機2機が追いかけっこしている絵だったとか。

その絵を実際に見た、また写真を撮ってきた方いませんか。

それが本当かどうか、先日、読者の方が実際に行って見て来てくれました。

しかしながら、全くそんな絵はなく、今貼ってあるのは動物愛護だったそうです。

嘘だったのでしょうか。

子供たちの絵の存在を実際に見て知っている人はいませんか。

又は、自分が書いたという方はいませんか。

くれぐれも噂話ではなく、実際に見た方だけ、その写真を送って下さい。

 

大きな飛行機はJAL機でしょうか。小さな飛行機が2機編成であれば、間違いなく他国ではなく、自国の国防体制、つまり自衛隊のF4Eファントム戦闘機です。

しかし、公式記録では墜落後に、百里基地から19時05分に発進となっています。

なぜ、墜落前のJAL機の横に、追いかけっこしながら自衛隊機が飛べるのでしょうか。

だって、墜落場所は次の日の明け方までわからなかったのですよね。

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主な武装 M-61A1 20mm機関砲×1門
     空対空レーダーミサイル×4発
     空対空赤外線ミサイル×4発

もし、墜落前にF4E2機が、JAL機の横を飛んでいたとすると、まだ墜落前ですから何処に墜落したのか、最後まで見て、しっかりわかっていたことになります。

それから、もう一つ、これも元自衛隊パイロットやゼロ戦パイロット〈96歳〉の人からの情報です。

その場所で全体を撃墜することは難しくても、ジャンボジェット機の翼についている4つのエンジンのうち、一番外側のエンジンを撃って落とすと、出力が不均等になり、スパイラル状態になって自ら墜落していくとのこと。昔はそうやって敵機を落としたそうです。

その証拠が急にエンジンが落ちた場所

御巣鷹の尾根の手前にえぐれたあとがあるU字講だと聞きました。

なるほど、妙に全てのつじつまがあいます。

また、その際、パイロットは恐らく、自国の飛行機のエンジンを撃つなどという行為を、納得できるはずがなく、最後までいくら命令とはいえ、葛藤したことでしょう。

その葛藤を打ち消したのは、恐らく次のような言い聞かせではないでしょうか。

「どうせこのまま墜落するならば、少しでも犠牲者が少ない場所にしてやれ、それは別荘地の軽井沢ではだめだ。その手前の山の中である。犠牲者がこれ以上でないようにするのが君の務めだ」と言う言葉だったのではないでしょうか。

一見、なるほどと思いますが、自分たちのミスを自分たちで消すという最悪の嘘つきとなります。いい加減にしろ!という言葉ですよね。

それにしても、墜落前に横を飛んでいたとすると、中曽根首相は当時、まだ軽井沢から上野への移動中の列車の中です。また携帯電話のない時代。車掌室の電話で話をしたとしても、急にそんな決断はできにくい環境です。

そうなると、事後報告、又はやった後に了解を得た、ということになります。

 

雫石事故以降、自衛隊は事故原因を改善するだけではなく、事故が起きた際、いかにして隠すかを常日頃考えている部署があるそうです。

その人たちが、窮地になったときのために、前もって考えていたことを実行したのでしょう。

一体誰が一番悪者なのでしょうか。又情報をお寄せ下さいませ。

 

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山下徳夫元運輸大臣を偲んで

今年の1月1日に、日航123便事故当時に運輸大臣だった山下徳夫氏が94歳でお亡くなりになりました。昨日編集者からの電話で、それを知りました。

実は、私の本をお読みになり、そのご縁で、都内にて編集者と共にお会いする機会があありました。その時山下氏に、私が本を出版した際に知り得た情報をもとに、遺族から提供された機内写真や窓から見える写真、研究者が拡大してくれた写真などもお見せして、この事故の状況について説明をしました。

その際、ポケットからいつも持ち歩いているという、川上慶子ちゃんの座席ナンバーの入ったチケットの半券のコピーを取り出して、「飛行機に乗る際のお守り代わりなんだ」とおっしゃっていたのにはちょっと驚いた記憶があります。

当時はとても複雑な気持ちでしたが、今思うと政治家といえども、一人の人間であり、またお孫さん思いのおじいちゃんだったと思います。編集者と共に、またお元気なうちにお会いしましょう、と別れたのが最後となりました。

その後、私の本をじっくりと読んでくださって、今度は一緒に本を書きましょう、とか、とても良い本だ、教科書にしたい、と感想を述べて下さったとを、編集者より聞きました。

事故当時、山下氏は二階席担当だった私の先輩から「お孫さんにどうぞ」と、飛行機のプラモデルをもらい、その袋を持ったまま、事故の知らせを聞き、事故対策委員会へ急きょ向かったということでした。それは拙著にも新聞にも書いてあります。

実際にお会いして話をして、あの時どういう気持ちだったのかなあと想像力を膨らませて考えてみると、自分が乗ってきた飛行機がそのまま墜落機になったというあまりの偶然に、身も心も凍る思いだったと思います。

ただ、その事故原因があまりに想定外であった場合、それを知ったことで隠さなければならなかったという心痛も加味されて、それを追及する立場としては非常に複雑な心理であったろう、とうかがえました。

誰かを敵にして、それを叩く、という形で、いつも政治家や官僚は登場しがちです。

しかしながら、事故当時の運輸大臣にお会いしてみて思うに、このような生(なま)の人間に直接会って話を聞くと、その言葉や表情の微妙な変化から数々の苦悩を読み取ることが出来ました。

立場で話をせざるを得ない人たちは、恐らく、それを自分の立場の保持も含めて本能的に隠したいという気持ちになるのでしょう。それは人間の性です。

ただし私が一番思うことは、例えば実際にミスをしたり、実際に人を欺く行為をした人間は、いくら命令だとか、正義はこちらだ、とはいってもそれは大嘘で、単純に自分の罪を隠したいにすぎません。

そういう人間たちこそ、罪を問われ続けるべきでしょう。

この事件に真なる時効はないのですから。

 

以下産経ニュースよりコピー転載

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山下徳夫元厚相が死去 国鉄民営化に尽力

2014.1.2 15:44
死去した山下徳夫氏

死去した山下徳夫

 元自民党衆院議員で、厚相などを務めた山下徳夫(やました・とくお)氏が1日午前1時30分、老衰のため佐賀県伊万里市松島町の自宅で死去した。 94歳。佐賀県出身。葬儀・告別式は11日正午から伊万里市松島町391の1、伊万里市民センターで。喪主は妻、京子(きょうこ)さん。

 佐賀県議を経て昭和44年の衆院選で初当選し、連続10期務めた。少数派閥の旧河本派に属し、59年に第2次中曽根内閣で運輸相として初入閣。国鉄民営化や85年に起きた日航ジャンボ機の墜落事故の事後処理に尽力した。

 平成元年の第1次海部内閣で官房長官に就任したが、女性問題により約2週間で辞任に追い込まれた。宮沢内閣で厚相として再入閣した。平成12年に政界を引退した。

 

マレーシア航空機事故の事故原因はどこへ消えたのだろうか? 青山透子

4月に入り、キャンパスにも新入生、会社では新入社員が新たな風を運んでくれるようなさわやかで新鮮な毎日ですが、当然ながら1985年の123便事故後に生まれた人ばかりです。JALの事故を全く知らない人も多く、私がショックを受ける季節です。「お父さんお母さんから少しだけ聞いたことがある」というのが半分位でしょうか。

さて、実はあの事故にあったマレーシア航空370便に搭乗予定だったという学生の話を聞きました。春休みを利用してバリ島などに行き、マレーシアから中国へ入って帰る予定を直前に変えたそうです。とてもショックを受けてました。その子たち(女性数名)は日本人ですから、もし彼女たちが乗っていたならば、メディアはもっと真摯に積極的に報道し続けているでしょう。

どうしても、日本人がいるかいないがいつも報道の大きさを決めてしまいます。いなくても報道は続けるべきではないでしょうか。

 

さて、1985年に民営化をしたマレーシア航空は日本航空と一同じように以前は政府が筆頭株主でした。

マレーシア航空は乗員乗客239名が搭乗しており、また韓国のフェリー事故は約459名位が乗船していたと報道されています。

でも、皆さん、この数字、520名が犠牲者となった日航123便事故よりも下なのですよ。わかりますでしょうか。この重みを。

隣国では大統領の引責につながっているほどの対応の悪さや事故処理の報道です。

一方、1985年8月12日、日航123便事故時の中曽根首相は、520名の犠牲者を前にして、半官半民の航空会社の事故でありながら、隣の軽井沢でゴルフやテニス、水泳で忙しく、8月、9月と一度も事故現場に足を踏み入れませんでした。

それを許して、それを報道しなかったのが、残念ながらこの私たちの国なのです。

年代が違うといえばそれまでですが、いくら年代と言っても29年前。

戦争中でもあるまいし、この国民性を私たちは自分を含めて客観的に見直す時期に

来ているのではないでしょうか。

なぜそのような愚かなマネを中曽根氏はしたのでしょうか。

なぜ、それを報道せずに、記者たちは許したのでしょうか。

私は、これはマレーシア航空機事故にもつながると思っています。

ある新聞では、マレーシアの警察当局が「この事故原因は一生見つからないかもしれませんね」と言っていたことを書いていました。

日航機事故の群馬県警もそのような雰囲気で、さらに裁判で、日航が不起訴となった際も、担当検事が「私もこんな資料で事故原因などわからない」と叫んだ記録が出てきます。

これらは、もし事故原因を作ったのが軍事関係者だとすると、全てが解決出来ますね。米国のTWAですら、今頃事故原因が違っていたという報道が出てきました。

軍事費は膨大で、利益も多く、数多くの企業が参画して原発同様、人とお金の問題や地域問題など全てがどうしようもないほど絡み合っています。

国家機密も幅を利かせます。ミスしても軍が隠ぺいするのは民間より簡単でしょう。

例えば、上官が人道的におかしな命令を出した場合、ドイツなど欧米諸国では、市民オンブズマンが監視し、法律でも、「違法な命令は聞かなくてよい」と明記されています。しかし、日本の自衛隊法にはそれがありませんし、上官はみな良い人、という前提で書いてあります。

これらすべてを見直すことが、世界中から不可思議な事故原因不明の事故を防ぐ唯一の手段だと考えます。

最後に皆さんに、御巣鷹の尾根にある石碑の言葉を送ります。生の写真は私の本に入っています。この文言は、そういう角度から見ると、とても納得できます。

日航123便で死亡した520人の犠牲者一人一人がどうして死ななければならなかったか、関係するあらゆる事実を解明し、将来の安全に役立てることこそ真の供養である 2004年8月12日 航空安全国際ラリー組織委員会』

この石碑は、123便事故原因を担当した米国国家運輸安全委員会(NTSB)のジム・バーネット氏と遺族の方々が作ったものです。バーネット氏は引退後、御巣鷹の尾根に登山しました。

バーネット氏は既にお亡くなりになりました。共同通信の記事を添付しますので

ご覧ください。

ジム・バーネット氏死去 米運輸安全委員会元委員長

 ジム・バーネット氏(米運輸安全委員会=NTSB元委員長)16日のAP通信によると、15日、糖尿病の合併症のため米南部アーカンソークリントンの養護施設で死去、62歳。

 85年8月の日航ジャンボ機墜落事故の米国側調査責任者。現場となった群馬県上野村御巣鷹の尾根に建てられた石碑の碑文の作者として知られる。

 47年、同州リトルロック生まれ。ハーバード大ケネディスクール修了。82~88年に米運輸安全委員会の委員長を務めた。

 石碑は墜落事故の遺族で組織する「航空安全国際ラリー組織委員会」が94年8月に建立。再発防止を願うバーネット氏の言葉が日本語と英語で刻まれている。(ワシントン共同)

 

2010/05/17 13:34   共同通信

 

 

 

 

トランスワールド航空800便墜落事故の事故原因をNTSBの元調査官が新証言、調査報告書は嘘

米国では、ついにTWA800便の事故原因に対して、元NTSBの調査官が新証言を出しました。これはビジネスニュースのページですので、皆様お読みください。

http://archive.fo/JqwYm

1996年7月17日にニューヨーク沖の海上に墜落したTrans World Airlines Flight 800 (TWA 800)の事故原因に関して、事故調査の解明にあたったNTSBの元職員など6名の元事故調査官が、記者会見を開催し、報告書にまとめられた事故原因は嘘であるとする衝撃的な発言を行ったことが波紋を呼んでいる。

と書いてあります。

さらに、この事故原因をめぐっては、当初から疑問が多く、その点についてこう書いてあります。

 

記者会見には、事故調査を担当した複数の元事故調査官が出席し、公式の事故報告書は、上層部の意向によって捻じ曲げられたものだと証言すると共に、実際の事故原因は、当初から多くの目撃証言が挙がっていた誤射されたミサイルによるものの可能性が高いと述べた。

元事故調査官はTWA 800の事故調査は当初から「戒厳令」のような状況下で進められたと述べ、嘘の事故調査報告書は政府が真の事故原因をもみ消すために行われたものとの見解を示した。

TWA 800が墜落事故を起こした当初は、FBIも記者会見の席上で、ミサイルの軌跡が機体に向かって上昇していく模様を見みたとする目撃証言があることを伝えていたが、その後、CIAによる解析により、目撃証言はTWA 800が墜落する際に搭載していた燃料が燃焼しながら落下していく軌跡をミサイルと誤認したものと断定していた。

それがドキュメンタリー映画という形で一般人に公開したのです。

 

映画ではなく、実際にどうだったのかという点も今後追及されることでしょう。

こうやって誰かがきちんと出せる国が本当の民主主義です。

わかっていても、知っていても出さない、出せない国は、どこかの国の話ではなく

私たちの国だとすると、非常に情けないことですね。

 

 

ご協力有難うございました 風化が防げました 青山透子

この公式ブログを開設してすぐ、おかげ様で多くの方が関心を持ってくださいました。遺族の方も関係者の皆様も一番嫌がっていたのは風化です。

その風化を防ぐために、私がこだわった内容をこのブログ開始で書いたところ、驚いたことに、その直後、急にいろいろなところで、いきなり取り上げて下さった方々がいます。そのおかげで本を読んでみた、という方が急増しました。本当に感謝申し上げます。これで風化が防げます。何があっても関心を持つ人を一人でも多くすることが私の使命でした。

 

実は、ヤフーの教えてという質問コーナーに、どなたが書いたのか「自衛隊がやった!」と強い書き方で書いておきながら、そのベストアンサーが「この馬鹿につける薬はありませんか?」とあった、という情報がありました。

ベストアンサーというのは、書いた人が選ぶのですよね。

自分にとってとても良いという答えを選ぶのが当たり前ですよね。

それを、自分を貶める内容をベストアンサーに選ぶ人がいますでしょうか。

つまり、自作自演だということです。そうやって情報を操作する人がいるらしいです。それも内部情報で教えて頂きました。

 

それからもう一つ情報を共有しましょう。

あの事件をうまく隠ぺいした人は異例の昇進をし、それを追及した人は辞職を

強要されたそうです。

正直な人が辞めさせられて、ずるい人が残るとすると、本当にひどいですね。

 

ちなみに、私は「浅見光彦シリーズ」が好きです。

私は浅見光子かもしれませんね。

追記

人間は誰でも過ちをするものです。洗脳もあるでしょう。

ただその後の対応が誠実であれば、だれも責めません。ぜひ遺族の方と直接お話がしたいという方はご連絡下さいませ。

なお、本の内容を意図的に歪めた感想、根拠のない情報、悪意の書き込み、スパム等についてですが、警察によると、何事も初期捜査の段階が重要だとのことで、書き込み人物を特定するには、大体書き込み急増のこの10日間が勝負ということでした。

皆様のご協力に、心より感謝申し上げます。

一般の皆様は、事故防止のため、今後、疑問、質問は直接出版社あてにお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

あほ、事故原因が違うって?青山透子

あほなこと言うんじゃないよ、事故原因が違うって?

青山透子

 

大阪で、事故原因についてずっとこだわり続けているある遺族の方がいます。

「あほやなあ~そんなことあるわけないでしょう」という声がいつも調査を妨げ、

「国が事故原因はこうだ、と言ったのだから、そんなとんでもないこと言ったらあほやないかと言われるよ」といつも言われていました。

その方と拙著を通じてお会いし、つい先日、私の信頼する研究者たちとご一緒にもう一度考えました。

そして、様々な角度からの疑問について、時系列に沿って、多くの情報提供者の声をお届けしました。

最後に、その方が私にこう言ってくれました。

「あらゆる人に言っても疑問は消えませんでした。あほじゃないか、で終わりです。

それに、全部のマスコミにも遺族の声として伝えました。聞いてはくれても、記事にはならず、全て無視です。親戚も含めてだれも相手にしてくれなかったこれらの疑問について青山さんがやっと、この長年の疑問に答えてくれたのですよ。本当にすっきりしました。胸につかえた長い間の苦痛を解決させて下さって本当に有難うございました、」

 

私も涙が出ました。遺族に本当のことを伝えない、それを隠す人に何の権利があるのでしょうか。

その方も高齢のため、足を痛めて杖を突いていらっしゃいます。他の遺族も高齢化し、御巣鷹の尾根にもう登れない、すでに亡くなった人も多いと語ります。

嘘をつき、様々な人生を捻じ曲げた人はこれ以上、犠牲となった人を貶めてはいけません。

それに「あほなことだ」「あほやなあ~」などと、無責任な事を言う人は、恐らく自分に疚しさがあるのかもしれません。

私たちは、もっと真摯に誠実に向き合わなければなりません。

 

なお、その遺族の方も「あまり事故原因を追及するな」と尾行されたことがあるそうです。

そこで、今後、ネットでの検索、書き込み、悪質な嫌がらせ等はすべて警察に報告し、公安の協力を得て行こうと思っています。

誠実な皆様のご協力をどうぞよろしくお願い致します。

 

青山透子

あの日と似ているマレーシア航空機行方不明事件

B777-200の最新飛行機が、突如南シナ海に消えて、すでに5日以上が経ちました。

もしかすると、そろそろあの飛行機が以前事故(または故障)を起こしていた飛行機だとか、テロだとか、場所がわからないとか、出てくるのかなあと思っていたところ、あまりにその通りの展開でびっくりしました。

123便の事故とその情報の過程が全く同じではありませんか。

特に今回の自衛隊派遣は非常におかしいです。何を捜索するのでしょうか。

それとも「御巣鷹メソッド」を、輸出しに行く部隊でしょうか。

南シナ海は、マレーシア軍、フィリピン軍、ベトナム軍、米軍等の同盟国側の軍隊と、中国軍は主に東シナ海を演習場としているようですが、いずれにしても昨年はひと月に6回以上、合同軍事演習を行っている空域、海域です。その中で、夜間訓練も当然行われます。

闇の中に葬る時間を稼いでいるとしか思えないこの事件

全容を明らかにする以外、世界中で葬られた自国軍隊、他国軍隊などの演習中の事故や隠ぺいの犠牲者に対して、真なる供養はありません。

誰を一体守る為の演習なのか、考えなければ未来はないでしょう。

自衛隊が派遣となると、友好国側に何を教えに行くのでしょうか。推測でしかありませんが、そうなると中国側の失敗ではなく、自国(マレーシアかフィリピン軍など)の

失敗かもしれませんね。

イスラエルでは、既にこういた事態を予測して、民間機に誤射された場合の回避誘導装置をつけようとしています。

下記ドイツ語HPですので、翻訳ページアドレスをご覧ください。

http://www.welt.de/politik/ausland/article125303286/Israel-testet-Raketenabwehr-fuer-Passagierflugzeuge.html

これが本当の、事故原因対策だと考えます。

青山透子