「日航123便墜落―遺物は真相を語る・天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

公文書という未来への記録を大切にしなければならない理由 青山透子

33年前、運輸省事故調査委員会が書いた公文書は、私たちの信頼に値するものではない。その理由は、拙著に書いた通りである。

公文書管理法1条には「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」が公文書であり、主権者である国民が主体的に利用し得るものと定義されている。それは国(地方自治体も含む)及び独立行政法人の諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされることを主眼としている。つまり未来への責任のために作成されるものだ、ということだ。

未来への無責任内閣ともいえる安倍内閣の振る舞いを見るに、残念を通り越して呆れてしまうのは私だけではないはずだ。何時から首相夫人が都合の悪い時だけ私人と呼ぶことになったのか、自分のお友達優遇の国土無償提供は誰の指示か一目瞭然であるにもかかわらず、なぜうやむやになるのか。公文書改ざんが当たり前ではなく、異常な状況であることをもっと厳しく見つめなければ歪んだ未来になりかねない。

 

私の曾祖父が慶応義塾の塾員でその昔、福澤諭吉先生の元で学び、塾に残って英語講師をしていたことは第一作のあとがきに書いた。その時福澤研究センターから入社台帳を届けて頂き、その名前を見たとき、非常に感慨深いものがあった。

もっとさかのぼれば、伊達家重臣の時、家の蔵にローマ法王から送られた書簡がないかと博物館調査員が訪ねてきたこともあった。

これは自慢ではなく、日本という国をどこまでさかのぼってきちんと考えなければならないか、未来への責任はどういう風にあるべきかを自問自答しているのである。長い歴史の中で、たまたま今を生きている私たちにとって、歴史的文脈の流れをおろそかにするような政治屋や無責任な一部の公務員よって公文書をないがしろにさせてはならないのである。

 

改ざんをしても平気な人たちや嘘つきに未来への覚悟などない。覚悟のない人ほど、相手に対して覚悟があるか、と叫ぶのである。

その昔、宮澤喜一氏や加藤紘一氏がご存命の頃、麻生氏にもお会いしたが、あの頃はまだ顔はまともで、口が歪んで曲がってはいなかった。恫喝をしすぎて口が曲がったのか。

私が花博の仕事をしていた大阪で、安倍氏が夫婦で同僚の家に遊びに来ていた時、安倍氏はお父上の秘書だった。その後、野党時代の安倍夫妻にもお会いしたが、あの頃はまだ素直で素性が良い表情をしていた。

ところが、今はどうか。年齢を重ねてきた思慮深い表情とは到底思えない、

まるで詐欺師のようにペラペラと薄い言葉を連ねて、よくしゃべるがそこに深い意味などない。秋葉原にて、ニタニタと、まるですべてを忘れるための秘薬でも服用しているかのような二人の顔がテレビに写し出されていたが、それを見てより一層、がっかりした。かつて一緒に撮った写真と見比べてみても、当時の面影もないその表情には、あまりにも怪しげな雰囲気が漂っている。

その一方、慶応つながりでもあり、言動に知性を感じる石破氏は、だんだんと良い表情になってきた。しっかりと言葉を大切にしながら話す内容には、鋭い観察眼と深い洞察力がある。

私は、もういい加減に、軽い神輿からどっしりとした重みのある神輿に担ぎ変えをして、新しい風を吹かせる時期に来ていると思っている。そうしないと、未来への責任があまりにも保てないからである。