
これは以前、奈良の東大寺と深い関係がある方から頂いたお札(おふだ)である。
私が執筆をするとき、このお札と共に、スペイン巡礼のサンディアゴ・デ・コンポステーラから無事に戻られた方から頂戴したロザリオ、フランスのルルドにある聖母マリアの奇跡の泉から湧き出たボトル入り聖水、イタリア人犠牲者が書いたと思われる遺書(御巣鷹の尾根から出てきた遺書の一部の写真)、そして私の読者が御巣鷹の尾根で拾って丁寧に持ち帰った遺物などを掲げ、すべての想いを机の上に並べて書いてきた。
丁寧に一つずつ検証し、証拠に基づき書いてきた。
勿論、「40年の真実」の冒頭に書いた通り、森永卓郎氏からのメールも掲げている。
皆さん、私が昨年出版した「40年の真実」の「おわりに」をじっくり読んで頂きたい。ここに皆さんへのメッセージがすべて込められている。すでに読んだ方ももう一度読んでほしい。
そこに書いた通り、今、私たちがすべきことは何か。
思想が右とか左とか政治とか政権や権力、宗教など一切関係なく、政治家(与党も野党も関係なし)も知っていて知らんふりは許されない。また、元自衛官らが「肉を切らせて骨を断つ」方法でメディアを使って言い訳をするのでもなく、遺族が主張する「自衛隊狙撃説」を、いつのまにか私のせいにしてこちらを叩くのでもなく、あらゆる不都合があっても向き合い、誠実になすべきことをなすことではないだろうか。たとえ、研究者が積み重ねていった結果に不満があったとしても、それは生データを日本航空が開示すれば十分検証できる。そして再調査をすればよい話である。
私たちがすべきことは、情報開示訴訟の裁判中にわかった「事故調が日本航空に事故原因の重大な公文書の生データを返却した」という驚愕の事実を知った以上、それを日航に開示させることだ。そのためには、裁判中の記者会見で三宅弁護士が言ったように、「公文書の寄付制度を利用して、日本航空は、生データを寄付(もう一度逆に国に返却)すべきだ」ということである。そして、生データを未来のために国民全体の財産とするということである。特に、1985年時に日本航空は、半官半民(国民の税金で半分の株式を国が所有)だったのだから、私たち国民のために、日航が国に返却することは当たり前である。
墜落原因に疑問を持つ遺族が訴えていることは、この墜落事件は、いまだに不起訴で再調査もせず、誰も責任を取っていないという点である。単独で世界最大の520名という犠牲者を生んだ墜落事件で、これだけの証拠や不透明さがある以上、生データ(ボイスレコーダーとフライトレコーダーの現物)の開示と再調査は必須だ。それを主張している私たち、遺族たちの口を封じる方向であってはならない。
情報開示裁判を提訴したご遺族の吉備素子氏も「科学的根拠のある事実」をあたかも「都市伝説」や「陰謀論」のように取り上げられることは、遺族として許すことができないと怒り心頭である。
生データを開示すれば、今のように反社会的人物(なぜか異常に日本航空をかばう代弁者、某コンサル会社の指示通りに動く人)が暗躍する余地もなくなり、事件の詳細な中身を知らない愚衆が適当に面白がってワーワー叫ぶことも消え、マスコミもネットもまっとうな社会になるのだから、こんな良いことはない。
実は、あまりにも無知な人が多いというので、簡単にデマに対する回答を以下に添付しておきたい。
********************
1.よくあるデマの代表的なものに対する回答の一例
- 自衛隊が「正確な位置をつかむのは難しかった」という主張はデマ
情報公開法で入手した長野県消防防災課記録によると、「19時32分に消防庁総務課から通報、自衛隊が墜落場所確認済み」、「22時35分 自衛隊情報を県警から受け、北緯36度02分、東経138度41分が墜落現場」と明記されている。さらに長野信濃毎日新聞に8月12日(月)の号外で「墜落現場は上野村」とある。よって、自衛隊自らが長野県の消防に通報しており、サンケイ新聞等での渡辺修三氏、元自衛隊員らの発言は明らかな誤りである。なお、これについては8作目の「日航123便墜落事件―40年の真実(河出書房新社、2025年)」に証拠記録を掲載している。
- 墜落前のファントム戦闘機2機は、現役自衛官と一般人複数の目撃によるものであり、墜落前には飛ばしていないはデマ
群馬県警察本部警務部編の「上毛警友-日航機墜落事故対策特集10月号(昭和60年10月発行)」において、8月12日の当日、第12偵察隊(相馬が原)の一等陸曹の現役自衛官が、日航機墜落時刻の18時56分よりも16分前の18時40分に、上野村近郊の東村を飛行する航空自衛隊ファントム機二機を目撃して群馬県警察記録に残している。これは裁判の証拠採用となった。他にも目撃情報多数あり。
以下抜粋
「~私は実家に不幸があり、吾妻群東村に帰省していた。午後6時40分ごろ、突如として実家の上空を航空自衛隊のファントム二機が低空飛行していた。その飛行が通常とは違う感じがした。「何か事故でもあったのだろうか」と兄と話をした。午後7時20分ごろ、臨時ニュースで日航機の行方不明をしった。~(原文ママ)」
実名で目撃情報を寄せてくれた静岡県藤枝市上空でも、一般人が日航機とその5分後にファントム二機を目撃している。さらに、墜落現場の村民の目撃情報、上野村小中生の作文にも「大きい飛行機と二機の飛行機の追いかけっこ」という表現で書かれている。ちなみに、雫石事故(自衛隊機と全日空機の空中衝突)においても、地元の小学生らの目撃情報は裁判で証拠採用されている。よって、公式に追尾の記録が存在しないからといって、これらの証言を否定することはできない。
- 機長の制服未発見に関する正確な情報
遺体収容は、陸上自衛隊のヘリコプターによって遺体安置所に運び込まれた。検死医師、検視に立ち会った看護婦の証言からも機長の制服は発見されていない。
当時の現場写真をくまなく見ると、山頂から陸上自衛隊ヘリで搬送していたことがわかった。つまり、一つの可能性として、そのヘリ内において機長の制服を取り去ったということが考えられる。それは医師たちが証言してくれた内容と合致する。よって、マスコミや警察などがいるからそんなことは出来ない、無理ということは、単なる論旨のすり替えである。
- 14日の検視担当看護婦による実名の証言
この日の深夜に警察官が「機長の遺体です」と運ばれてきたのが裸体であった。これが明確である理由は、群馬県警作成の公式記録(高浜機長遺体発見日が14日・報道とはは異なる記載アリ)、検死医師、当時の藤岡市市民病院の方々の文集、インタビューにおいてわかった「事実」である。よって、検死担当医師や看護婦の証言や、警察の記録を否定することは出来ない。
- 遺体状況、遺物の科学的調査から見えてくるもの
まず、これは感情論で語ってはならない。検死医師による客観的事実を記しているのであって、機体残骸の融解物から検出された成分と武器燃料の成分が合致した事実を「ありえない」ということはない。その発言は、逆に無責任であり、死者への冒涜となる。なぜならば、検死医師は「死者の声を聴く」ことに専念しており、私は研究者として世の中にそれを伝えたにすぎない。
2.陰謀論ではないこれだけの根拠
- 拙著「墜落の新事実」は、遺族の吉備素子氏が日航に生データの開示を求めた裁判で証拠提出している。その後の本でも、事故調が公表した公文書に記されていた垂直尾翼へ11トンの外力が加わった「異常外力着力点」は何かを調査しなければ本当の事故原因はわからないと、裁判所に提出している。余談だが、垂直尾翼が風船のような密閉したものだと錯覚している人が多いが、これは大きな間違いである。垂直尾翼の可動域には随所にビス穴があいていて密閉ではない。これは整備士からの証言として詳細な事実を拙著に記している。
また、当時の運輸大臣の山下徳夫氏の証言、検死医師の見解、現役自衛官の証言、遺族の吉備素子氏の証言も入っている本をフェイクと否定することは出来ず、陰謀論というのは大きな間違いである。当時、現場の自衛隊員も米軍も上官からの口止めや活動制限がかかっていたことを証言しており、逆にフェイクということで、能力があった自衛隊員の無念や誇りを傷つけている。なお、これについても拙著に記したが、自衛官たちが1985年12月に結成した会がある。彼らは乗客や遺族のために何かをしたいという尊い志をもち、「日航123便の不透明な事実と墜落原因」について研究をしている。私も何度かメンバーにお会いしている。彼らは、実際に上官から口止めされていたそうで、米軍のアントヌッチ氏も同様であった。
また、元米軍と元自衛隊員の平和を目指す会もある。武器増強をいう政治家も、武器商人の言いなりになってはならないという彼らのメッセージを聴いてほしい。
政権にいる国会議員、高市総理も読んでほしいというのが遺族や彼らの願いである。
拙著「日航123便墜落圧力隔壁説をくつがえす」文庫版154頁~
【心地よい言葉に騙されるなー元米兵と元自衛官からの提言】
- 科学的分析と検死医師による見解
墜落現場の機体融解物を大学研究機関で分析した結果、ガソリン成分(炭素数4~10)と高分子ポリマー、ゴム、クロロフォルム成分も検出されたため、武器燃料の使用の可能性を示唆した。武器燃料は、ガソリン、ナフサにゴムと高分子ゲルを混ぜることで長時間燃焼させるゲル燃料であり、ガソリンとタールを混ぜたような臭気がする。それが朝まで燃えて臭かったという消防団の証言とも合致する。ちなみにジェット燃料は灯油の匂いであって安全性が高く搭載量も3時間分しかなく、朝まで燃えない。消防団のメンバーも凄惨な遺体は見慣れており、特に臭いには敏感である。湿度70%、連日夕立の密閉された空間ではない屋外の夏山の土の上で、遺体の裏側までカリカリに焼かれるということはない。通常の家屋内の火災とは比べ物にならないほどの遺体状況について、検死医師で解剖を担当した古川研教授が、「二度焼いた痕跡がある」「骨、筋肉の炭化が著しい」と書いた論文(証拠アリ)をもとに、群馬県警察の遺体写真等の公文書を参考にした。さらに米国での燃料関係の資格を持つ燃焼の専門家にも意見を伺った。その内容は拙著「40年の真実」に記載した通りである。彼の検証にもとづく意見は、大学院研究機関と同じであり、「屋内火災」と「屋外火災」はまったく異なることが客観的に明確になった。彼のような優秀な専門家をはじめとする大学研究者たち複数に確認をして執筆した。
さらに、夏山に放り出された遺体の近くの紙類、カバン、ぬいぐるみは焦げた程度であって炭化するまで燃えていないことも不自然であった。人体だけが黒い炭となっていた。特に山頂付近は細切れの遺体が多く、さらに墜落直前に木に衝突したと事故調査報告書に書かれている第4エンジンが木っ端みじんとなっており、単なる墜落では整合性がつかない。
なお、墜落現場から発見された遺物の火炎放射器の成分は、大学研究機関の調査結果と合致している。それについては、1944年からある論文を読み込んだものであり、私と同様に200本以上の論文を読んでから語るべきであって、そうでない人間が無責任に語ってはならない。例えば、火炎放射器は米軍払い下げのもの自衛隊で当時使われていたという記録や、実際に、今でも米国の火炎放射器のメーカーのホームページの歴史に、自衛隊や友好国のために改良していると書いており、そのお得意先として日本の自衛隊と名前が記載されている。また、自衛隊が改良してきたことで使いやすくなり、1985年当時は1時間未満で燃料が簡単に作れるという論文もあった。したがって、元自衛隊員ら、特に上官のメディア発言の中には客観的にみてもおかしな内容が多数含まれている。
ちなみに、米国公文書では、日航123便は単なる事故にもかかわらず、なぜか国家安全保障のカテゴリに文書が入っており、日本の外務省からの「お願い」によって開示が延びている、というところまでは、イギリスの研究者と調査済みである。
結論
私は膨大な公文書と科学的な論拠をもとに不透明な点を指摘している。そして、生データの公開と再調査が必須だと訴えている。拙著は、裁判証拠として論拠となるものをもとに学校図書館選定図書の基準に合致した科学的な内容といえる。
もう一度言うが、この事件を語るとき、思想が右とか左でも政権も宗教も一切関係ない。政治家のところに上がってくる情報は、官僚の言う通りの場合もあるが、そうでない場合もあり、すべての情報を持っているとは限らない。
したがって、誰も隠すことが出来ないように科学的データと生データを情報公開すればよい話である。ところが裁判では、日航に公文書扱いの生データを返却した、という驚愕の事実が発覚した。
この事件は、冷静さを心掛けて科学的データと確実な事実と確かな証言等で語るべきであって、陰謀とか都市伝説というカテゴリに入るようなものではない。
ちなみに、スクランブル発進をした自衛隊ファントム機には警告や国防のために本物のミサイルを搭載しており、いちいち外すことはしない。これについては、ソ連(北海道)、沖縄などで実際に発射している記事もある。(ただし1987年が初発射、というのにはあくまでも公式であって、現場から疑義の声もある)