青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相

日航123便墜落事件の真相ー青山本は真実を語り続ける

死者の声を聴くー法医学の視点から

死者の声を聴くー法医学の視点から

まず先に、拙著において何度も書いていることを繰り返しておく。

「遺体の尊厳を守り、事態と真摯に向き合い、これらを直視して深く考えなければ真実は出てこない(「遺物は真相を語る」文庫版p119より抜粋)」。

これは検死医師にご教授頂いた貴重な言葉である。私は法的にも研究者としてもこの言葉を肝に命じて執筆してきた。

あの日、あの時の医師、看護婦さん(当時の呼称)たちは大変なご苦労をされた。特に警察の検視や医師による検死に立ち会いながら、遺族と遺体の対面を考慮しつつ、きわめて困難な事実と向き合ってきた。

さらにまた、筆舌し難い遺体を見た遺族の悲しみや慟哭に寄り添い、その感情を逆なでしないように、それぞれの遺族に合わせた対応をしなければならない。

特に看護婦さんは大変な苦労をされた。

例えば、手だけ発見された人の場合は、手の部分以外は新聞紙で人型にして、全てを包帯で覆いつくすといった手法を用いることによって遺族感情を和らげる効果があった。これはグリーフケアというカテゴリの一つであり、例えば壮絶な死やその場面に立たされた人間の感情を医学的にサポートする方法である。私の学友がそれを専門として論文を執筆していたこともあって、私もそれらを十分理解したうえで真実を伝えるために執筆活動をしてきた。

遺族の中には「遺体は一切を見たくない」と言う方もいた。看護婦さんたちはその感情を大切にして、包帯で巻いて遺体は見せずにいたが、中には、「やっぱり見たい」ということで、いきなりお棺を開けて包帯を取り、中から新聞紙が出てきて腰を抜かした遺族もいたと聞いた。それで大変な叱咤を受けたそうである。

なぜ死ななければならなかったのかと、真実を知りたいと、吉備さんのように遺体安置所で、亡くなった方の部分遺体を探し続けた人もいた。拙著でインタビューをした検死歯科医師のように、遺族の要求に応じて冷凍保存の部分遺体を解凍して遺族と一緒に身元確認を行う医師もいた。四カ月間も遺体安置所にいた吉備さんは、とにかくご主人の体を家に連れて帰りたかったのである。それは、ご主人が生前、「家族と一緒にいる家が一番いいい」とおっしゃっていたからである。

こうやって、あの日、あの遺体安置所で医師や看護婦が、あらゆる苦労を背負って出来る限りの努力をされた。そこに異論などは一切ない。ただ、事実として次のようなケースがあることを知っていただきたい。

一例として、突然5人の身内を失った小田周二さんは、最初は身内の、しかも5人の遺体を一切を見たくない、という感情でいっぱいであった。葬儀をしても悪夢を見ているような気がして、全てが何もかも信じられなかった。

拙著でも記したが、小田さんの身内の5体は、白いリネンや包帯で覆われたままであった。当時、その中の遺体がどのような状況であったかを確認することなく、そのまま荼毘に付したそうである。

ところが、その後、ご自身でいろいろな疑問が出てきた。

40年という月日が流れ、今思うことは、あの時、どんな状態であっても包帯を取り、見てあげればよかった、という深い後悔であった。ここで誤解はしないでほしいが、これは当時、善意とグリーフケアで行った看護婦さんを責めているのではない。むしろ、看護婦さんたちには本当に感謝している。

だがしかし、自分の遺族としての責任として、遺体そのものと対面しておくべきだった、という本人の悔いが残ったということである。

何度も言うが、これは看護婦さんたちを責めているのでもない。私の読者ならば真意がわかるであろう。看護婦さんたちの努力は重々分かった上での、長い年月を経ての素直な遺族の感情であろうと私は推察している。

それをもって曲解して暴くとか、人権問題や誹謗中傷といった方向で世間を煽る言葉で叫ぶ人間のほうが間違っている。

悪意ある弁は誰もがわかる通り、真実を浮き彫りにされたくない側にいる人間の愚かな言葉である。

それに乗っかってはならない。

 

静かに死者の声を聴くー。真実を叫ぶ声を聴くこと

これが40年を経て迎える8月12日への心構えであり、私たちがすべきことである。

 

2025年 第50回フローレンス・ナイチンゲール

日航123便の検視活動で奮闘した日赤の看護婦さんたちへ送れらたことは大変喜ばしい。特に、私に多くの資料を提供して下さった大國勉氏もさぞかし喜ばれることでしょう。

www.jrc.or.jp