青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相

日航123便墜落事件の真相ー青山本は真実を語り続ける

自民党佐藤正久国会議員権限濫用による表現の自由、言論への弾圧への抗議

2025年4月10日 外交防衛委員会での発言撤回を求める抗議文

青山透子

今から40年前の1985年8月12日、私の仲間である客室乗務員たちが殉職した。先輩たちのレクイエムを書く決心をした私は、日航123便の乗客で墜落死した吉備雅男氏の妻、吉備素子氏と出会い、多くの疑問を持つ遺族がいることを知り、日本航空にいた人としての役割を深く考えた。そして、乗客を救うべく最後の最後までアナウンスをし続けた先輩たちの無念を果たすことを御巣鷹の尾根に誓った。

調べていくと、なんと墜落現場の子どもたちや上野村村長自らが「自分たちの村に落ちた」とNHKに電話をしていたことや、警察官が当時の体験談を綴った冊子から、墜落現場がいち早くわかっていたという事実に直面して驚愕した。

当時の運輸大臣山下徳夫氏や防衛庁長官加藤紘一氏によるオフレコの話を元に、群馬県上野村の当時の黒澤丈夫村長の証言、遺族の吉備素子氏が夫のバラバラの遺体を探し求めて遺体安置所で4ヶ月間に見た炭となった遺体状況、群馬県検死医師による証言、墜落現場の当時の状況を書き残した子どもたち235名の目撃情報作文集、中曽根康弘氏の回顧録「当時は自衛隊と米軍が連絡を取り合っていた」と書かれた本、検死医師から提供された凄惨な遺体写真、上野村民提供の墜落現場に落ちていた飛行機の残骸の科学的調査から、さらに多くの疑問が出てきたのである。ちなみに、中曽根康弘氏の死去に伴い、要職時代に書き残した日記を国立の公的機関に遺贈する予定だったが、息子の中曽根弘文参議院議員が止めたと伺った。なぜ、中曽根康弘元首相は、自分の選挙区である墜落現場の隣町でゴルフと水泳をして、墜落直後に520人の犠牲者へのお参りもしていなかったのか。なぜ日記の遺贈を息子が止めたのか。日記に何が書いてあったか、ということである。

さて、上記の事実をもとに書いた拙著に対し、先般、自衛隊出身の佐藤正久参議院議員自衛隊関連組織を代表するがごとく、「これはフェイクニュースだ、こんな本が文科省関連の推薦図書とは何事か」と国会の委員会で言い張った。同じく自衛隊出身の防衛大臣が答弁をした。

この佐藤氏の発言は、国会議員が本来は国民のために守るべき「表現の自由」を自ら弾圧し、一作家の表現の自由という重要な権利を著しく侵害するものである。まるで出版を差し止める勢いであり、明らかな言論の弾圧である。

これについて、国会議員による国民への弾圧だと多くの読者から怒りの声が届いている。私としても、これは断じて許すことは出来ない。

そもそも問題なのは、当時の運輸省事故調査委員会が、相模湾に沈んだままの機体残骸を放置して、いくら遺族の要請があっても今日に至るまで、まったく引き上げてこなかったことに責任がある。事故調査報告書の付録で、異常外力着力点を指摘しながら、これを機体残骸で確認をすることを避けている。

どこの国に機体残骸を放置したままで事故調査報告書を書く委員がいるのか。最近では、自衛隊のヘリが墜落した際にはいち早く多額のお金をかけて海底捜査をしておきながら、520人が犠牲となった民間機の残骸をいつまでも放置している国など、どこにもない。世界最大の単独機事故の残骸放置など、もっての外である。

さらに、吉備素子氏が情報開示裁判で争った通り、「生のボイスレコーダー、フライトレコーダー等を開示しなかった」ことも発端である。

40年も経ってボイスレコーダー等を開示できないという理由は一切ない。日本航空は過去、インドの法廷でも日本航空は自らボイスレコーダー等を公開している。日航123便以外の墜落事故についても、機長組合やパイロット組合には再発防止のためにボイスレコーダーを聞かせてきた。それをなぜ、日航123便だけを聞かせなかったのか。今まで日本航空は、理由にならない理由を並べて言い訳してきたが、これらはすべて吉備素子氏の法廷で論破され、一切日本航空側は反論してこなかった。

さらに、運輸省事故調査委員会が書いた報告書には、警察、自衛隊、一般市民等から寄せられた多数の目撃情報が一切書かれていない。そのうえ、高浜雅己元海上自衛隊出身の機長の発言には、多くの空白があって疑問である。「オールエンジン」も、「オレンジ」と聞こえることや、警察の冊子に現役自衛官も見たと投稿した航空自衛隊ファントム戦闘機2機は、なんと墜落前の18時40分に目撃されている。それでなぜ、墜落現場が発見できないのか。

佐藤正久国会議員の質疑と中谷防衛大臣の答弁は、これらの重大な点を一切無視し、単なる自衛隊感傷論にもっていこうとしている。これらの発言は、表現の自由を著しく侵害した証拠でもある。

本来ならば、国会議員として、国民全体の利益のために、公共交通機関として日航123便のボイスレコーダー、フライトレコーダー等の生データの公開を率先して求めるべき立場である。なぜそれに言及せず、私個人の作品のみを封じ込めようとするのか。

また、日航123便の最高責任者である高浜雅己機長の発言も含め、文字で公表しているボイスレコーダー等には、事故発生直後の3分12秒の空白がある。この間のカンパニーラジオ(日本航空社内用)の記録も消されている。ここを隠したままの事故調査報告書なのであって、後部圧力隔壁説を断定できるはずもなく、いまだに推定にとどまるのは当たり前である。アメリカのスペースシャトル事故のボイスレコーダーもフライトレコーダーも生データがすべて公開されている。それでなぜ、40年も前に起きた日航123便のボイスレコーダーやフライトレコーダーの生データだけが公開できないのだろうか。

 

私の本は、子どもたちの200人以上の作文をまとめたものであり、実名での目撃情報と証言、当時の要職にあった人へのインタビューや元自衛官等の心の声をまとめたものである。それをなぜ、日航123便について突然、しかも今、まるで参議院選挙の前の見せしめのような質疑をしたのか。

私と遺族の吉備素子氏が訴えていることはただ一つ、「ボイスレコーダーとフライトレコーダーの生データを公開せよ」である。

子どもたちの作文を、子どもたちの未来のために見せて何が悪いのか。

この検閲に匹敵する佐藤正久氏の発言の撤回を求める。