青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相

日航123便墜落事件の真相を追究するー歴史的裁判開始の幕開け

日航123便に関する報道について 青山透子

 

8月12日でもない今頃の時期に、日航123便を取り上げ、誤情報の垂れ流しともいえる「懸命に操縦したパイロット称賛」と「隔壁の修理ミスにすり替えた」番組が、日航の依頼でまた出てくるらしい。

まず考えられるのは、西日本新聞のスクープを装った記事「隔壁検査急いでいれば(署名:野間あり葉記者)2022年8月12日付」の調査不足の記事をもとにした番組であろう。

この記事は、墜落の前から隔壁の点検を提言していたことをネタとして、元事故調査委員の斎藤孝一氏(1985年当時は委員というより見習いだった)へのインタビューや、ボーイング社のサービスブリテンをもとに書かれていた。つまり、日航の整備士が墜落の前から隔壁の点検をするよう依頼していたのに日航の上層部はしなかった、といった内容だろうと推定する。これについてはスクープでもなんでもなく、すでに当時の新聞記事に書かれており、さらに1999年から元日航社員の藤原源吉氏による工学雑誌への投稿論文に、そのいきさつが詳しく書いてある。詳細は、拙著「JAL裁判」の269ページから279ページをじっくりとお読みいただきたい。

しかしこの説は、2013年に事故調自らがホームページにて公開した、研究資料によって打ち砕かれた。つまりこれが直接の原因ではない、と明確に書いてあったのである。(事故調査報告書79ページ、事故調査報告書付録95ページ、101ページ、116ページ参照のこと)

読者の皆さん、これらのページをしっかりと読んでから番組を検証していただきたい。

それをいまさら番組にしたとすれば、情報不足どころか、基本的な勉強もせずに作ったお粗末な番組、となる。

次に、出回っているボイスレコーダーのシロモノについて事実を述べる。

当初、善意の第三者がマスコミに匿名で配布したと、誰もが思っていた。

しかし、その後の調査によって、これは都合よく改変されたものであることがわかった。さらに前後を入れ替えることによって、高浜雅己機長へのバッシングが止まり、逆に称賛されることとなった。実はそれが狙いであった。

裁判開始後、ボイスレコーダーを市販の本のDVD付録にした、しんぶん赤旗日本共産党機関紙)の元記者の米田憲司氏は、訴訟開始後に原告の吉備さんに突然電話をかけてきて「裁判を取り下げるべきだ」と強要したのである。吉備さんは、電話番号も教えていないのに、誰から聞いたのかと大変驚かれていた。不愉快であったという。

米田氏は以前、高浜雅己機長の奥様と古くからのお知り合いだといっていたが、いくら友人だからといって、そんな電話をすること自体がジャーナリストと称する資格などあるのだろうか。ここからわかることは、吉備さんに訴訟をされると、高浜機長への称賛が、逆もどりとなってしまうからである。さらに、米田氏の本の付録につけた代物の真偽が問われかねず、本物のボイスレコーダーを聴かれてはまずいからであろう。

これは、あきらかに原告(上告人)である吉備さんへの圧力である。

そんな代物をことさらに強調し、その片棒を担ぐような報道は、元赤旗記者の米田氏の思惑にのっかることになる。

世論を被上告人のJAL側にとって都合のよい方向に導きたい、そんな思惑にマスコミがのっかってはいけないのである。

さらに、これは裁判中における重大なルール違反である。大企業がスポンサーとなって、金にものを言わせてマスコミに対して行う権限乱用であって、JALの行為は、まるでビックモーターやジャニーズ事務所問題と同様ではないか。マスコミは反省したのではないのか???

今後、遺族が起こした「生のボイスレコーダーを開示せよ」という裁判を無視して、「異常外力着力点」について一切触れずに都合よく改変した番組は、被上告人のJALに加担したことになる。マスコミは「知らなかった」では済まされず、制作者の責任が問われることぐらいはわかるはずだ。

 

 

最高裁の審理中の最中に、被上告人であるJALパイロット称賛のために、市販のボイスレコーダー(都合よく改変された代物)を使用する日航123便の民放番組には、皆さんご注意を!

もしも、原告側が出している裁判証拠の「異常外力の着力点(2013年に事故調査委員会が公表)」を取り上げることなく、これらを無視し、1985年当時の推定のままである「後部圧力隔壁説」以外をトンデモ説と称して茶化してこれを否定した番組の場合は、放送倫理に反する偽情報として、責任を問い、断固抗議をします。

 

なお、ビックリ仰天の番組を監修したという杉江弘さん、必死にパイロット仲間をかばいたい気持ちはわかりますが、あいかわらず使い古した「フラッター説」という非科学的な論を張り、客観的事実や裁判を無視し、「だって異常外力着力点なんて知らなかったから~」とメールで読者に返信をしたあなたが、今回は「知らなかった」ではすまされません。もはや情報不足による言い訳は許されず、一体どういうつもりで監修をしたのか、監修者としての責任をご自身の胸に手を当ててじっくりお考えください。

 

 

 

 

 

祝38年目の日本一 阪神タイガース 幻のハッピ「日航猛虎号」

(青山透子所有写真)無断転載禁止

これは、いまから38年前の1985年8月上旬、阪神タイガースの優勝がほぼ間違いないと確信した日本航空大阪支店の熱烈な阪神ファンの職員(当時は半官半民ゆえ職員と言っていた)による応援団「日航猛虎会」が作ったハッピである。

早々に「60年優勝記念」とあるが、これを着てみんなで応援に行く予定であった。

その二か月後に阪神タイガースは日本一に輝いたのだが、しかしこのハッピは、突然起きた8月12日の日航123便墜落事件以降、日の目を見ることなく、誰も着ることなく在庫となり、倉庫に仕舞い込まれてしまった。

その後、私が日航大阪支店で社内教育を担当した時に支店長から一つ記念にいただき、ずっと長年、大切に保管していたのである。久しぶりに出してみたが、「60年優勝記念」と書かれた文字がとても悲しい。なぜならば、あの墜落で、当時の阪神タイガース球団社長で阪神電鉄専務の仲埜肇氏(享年63歳)と、阪神電鉄常務の石田一雄氏(享年60歳)が亡くなったからであった。仲埜氏の座席番号は33H、石田氏は33Gであった。

その座席のサービス担当はDコンパートメントR3の白拍子由美子スチュワーデス(享年25歳)であった。白拍子さんは、ユーミンの「ひこうき雲」が大好きでいつも口ずさんていたという。色が白くてお人形さんのようにかわいらしいスチュワーデスであった。

それにしても、優勝目前にして心躍る仲埜氏と石田氏は、落ちていく飛行機の中でさぞかし心残りで、狂おしいほど無念であっただろう。

このハッピを作り、応援に行くことを楽しみにしていた日航猛虎会のメンバーは、乗客に阪神タイガース球団社長がいたと知って、この不条理に愕然としたことだろう。

さらに優勝記念で、阪神タイガース祝勝ハワイ旅行計画もあったと聞く。その時、お客様に配布する予定もあったのだろう。

まさか甲子園に行く予定が、御巣鷹の尾根になるとは、このハッピを作ったとき、誰もが思ってもいなかったに違いない。そんな歴史が刻み込まれているのである。

その後、長い年月を経て、私は吉備素子さんと出会った。吉備さんは中埜氏の奥様と大阪の遺族会で出会い、「お母さん」と呼んで奥様と一緒に活動してきた。あの状況で夫を亡くした同士として、気遣いとやさしさ溢れる中埜氏の奥様を吉備さんはずいぶん慕っておられた様子である。

ちょうどそのころ、日航の遺族分断作戦によって信頼関係がもてなくなったり、遺族同士の誹謗中傷に心を痛めていたと聞いた。日航側がそんな愚行と裏工作の仕掛けをする理由は、集団訴訟を恐れていたからであろうが、たとえその裏に政府筋、運輸省(当時)の圧力や指示があったとしても、公共交通機関としての責任も自覚もなく、やっていいことと悪いことの区別もつかなくなっているのか。いまも続く日航の隠蔽作戦は度を越えており、吉備さんの原告仲間であった市原和子さんを、元日航社員夫婦が経営する老人ホームに隔離軟禁し、嘘で塗り固めた状況下で、裁判を取り下げさせた行為は、犯罪であって本当に卑怯で下品極まりない。

38年前にこのハッピを作ったときの純粋な思いは、今の日本航空にあるのだろうか。あの頃の社風は、どこに消えたのだろうか。

* * * * * * * *

2023年6月1日、東京高等裁判所の判決の日から三か月後の9月5日、現在、最高裁にて被上告人である日本航空は、圧力隔壁説を強調した記事を知り合いの記者に書かせたとの内部情報を得た。R.K.(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)氏は、安全啓発センターの語り部の社員を持ち上げた、それがいかにも正しいことを言っているように見せかけたヨイショ記事を書いていたが、それがジャーナリストのすることなのだろうか。しかも記事の6日前は、最高裁裁判所に吉備さんが上告し、受理された日(2023年8月30日)である。

R.K.氏が現在進行中の裁判開始状況や次々と明らかになる事実を書かず、一切取材もせずに「圧力隔壁修理ミス」を8月12日でもないのにいまさら書く理由などなく、その計画性といやらしさは、日本の報道が機能不全に陥っている証拠である。

そして、吉備さんを愚弄するものである。あのような記事や、その作為は一般人にもすぐ見破られてしまう。こういう人がいつまでも表に出てくる以上、吉備さんは訴訟を止めないと決心された。

民放番組でJALを称賛するのも結構だが、スポンサーとして金を積み、無料航空券を渡して作った番組など、世間から冷めた目で見られていることに気づくべきである。

こういった馴れあいやもたれあいが大きな弊害となって、ジャニーズ問題でわかったように報道が堕落してしまうのである。どこに、この日航123便の真相を追究する報道番組があるのだろうか。

あれから38年間垂直尾翼崩壊のきっかけとなった異常外力の着力に関する再調査も一切ない。事故調査委員会も、「~のことから異常外力が発生したと考えなければDFDR(飛行記録装置)記録値の説明ができないことが分かった(報告書p79)」、「~それぞれ異常な外力が作用したことが確からしく考えられる(付録p101」、そして垂直尾翼に着弾をした黒い丸印が書かれた図表(付録p116)」を、一切無視することは、法の支配どころではない。上記のジャーナリストR.K.氏は、裁判記録どころか、まさかこれも読まずに署名入り記事を書いたのだろうか。

プロであるならば、あまりに手抜きすぎるのではないか。

 

先日、調査報道を志す若者と会ったが、その初々しい視点とやる気は、上記のR.K.氏のような人間が仕切るような腐った土壌からは生まれない。よく言う「日本は外圧に弱い」のではなく、外に出なければ芽が出ないのである。

こうやって、日本中に何等かの利益と自己保身を本能的に優先し、面倒なことは「結構です」と言って断り続け、職業の使命を放棄して見て見ぬふりをする人間ばかりが蔓延すれば、まともな人間は育たない土壌に、自らしてしまうのである。

プロとしての自覚を持ち、自分との闘いを軸とし、それを正当に評価する世の中と努力が裏切らない、数値化して目に見えるスポーツの世界がうらやましい。

 

このハッピに描かれた鉢巻姿のカワイイ虎は、素直な目で私たちを見つめている。

38年目で再び日本一に輝き、昨日優勝した阪神タイガースのお祝いに、中埜肇氏と石田一雄氏のご供養と哀悼の意を込めて、この幻のハッピを皆さんにお見せしたい。お二人も天国で目を細めて喜んでおられるだろう。

阪神タイガース日本一、本当におめでとうございます。

青山透子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台は最高裁へ 元日航社員が防衛大臣とは! 

日航123便墜落の真相を明らかにする会会長で遺族の吉備素子です。

青山透子氏の読者の皆さまにどうしてもお伝えしたいことがあり、この場をお借りします。

まず裁判報告ですが、先月の8月30日に、無事に最高裁判所に受理されました。

原告は私、吉備素子、被告は日本航空です。最高裁では、代表取締役社長の赤坂佑二、副社長の清水新一郎と、相手方の名前と本人の住所が明確に書いてあります。

個人としても責任ある発言と態度が問われるという意味だと思います。

これから日本国の最高峰の裁判官によって審議が行われます。

私ら原告弁護団が提出した証拠証明書の膨大な量の証拠資料と、たった数枚の日本航空側弁護士が出した書類をえこひいきなく、政府に忖度することなく、自立したまっとうな立場で、世界的にも、法治国家として顔向けができるような判決でありますように願います。

今までの東京地裁、高裁の不当判決を破棄し、真実が明らかになりますように願っています。

私は38年間という長い年月をかけて、ようやくここまでたどり着きました。世間の皆さま、マスコミの皆さま、この事件を避けないでください。どうかもっと理解してください。こういった公共交通機関が不透明な事故を起こしていては、未来が危ぶまれます。

これは521人の命の裁判です。報道で取り上げないわけにはいかないはずです。

自衛隊の皆さん、過去の人間が起こした過ちを繰り返さないためにも、しっかりと反省をして謝罪をしていただきたい。

公文書に書いてある通り、垂直尾翼に異常な外力を着力させられるのは、あなた方の使用する武器しかいないのですから、そこをごまかさないでいただきたいのです。

そうすることで、逆に災害救助で名を挙げた自衛隊の誠実さが国民に伝わるはずです。

どうぞ自分に問うてください。隠蔽に加担しないでください。

 

私たちが専門的に裁判所に提出した証拠を、根拠もなくいまだに陰謀論という、茶化した言葉を使っているアホな人間、つまり、私ら遺族にとって大変失礼な人間がまた出てきたそうです。本当にいい加減にしてほしい。茶化して得る利益などないのです。

こういう人がいる限り、私はあらゆる方法で、これからも裁判を続けていく決心をしました。

青山さんの本は、読者の皆さんが一番よくわかっているように、墜落原因に疑問を持っている私ら遺族の励みとなっています。

マスコミはどんな理由があったとしても思考停止せず、ジャニーズでのマスコミの態度や姿勢についての反省と謝罪、教訓を活かし、日航機墜落事故の公文書に書いてある事実「異常外力の着力点」を認めて無視せず、自分の出世を考えることよりも、公共のために働いてください。

 

さて皆さんに報告があります。

私は今年、広島サミットの前に岸田文雄首相に手紙を出しました。私らの身近な方々に宏池会関係者が多いので、読者の皆さまの声も併せて裁判報告もかねて出しました。広島サミットで、米国のバイデン大統領と軍隊の隠蔽問題を語り合ってほしいという願いです。夫人外交にも期待しました。バイデンさんは、交通事故で家族を亡くしていますので、きっとわかってくれるはずだと信じています。

青山透子氏は岸田首相に会った経験もあります。青山さんは当時の運輸大臣山下徳夫氏にこの事件についてインタビューをし、その後も政策談義で交流がありました。そういったこともすべて岸田首相に伝えてあります。大学での青山さんの講演会では、政治家へのインタビュー写真とともに、当時の政治家が、中曽根さん以外、いったいどこまでこの事件を知っていたのかについて本音を語っています。

私は手紙で岸田首相に、この日航123便墜落事件についての真相究明を願いました。

すでに2013年、公文書付録で公表されている「異常な外力が垂直尾翼に着弾した事実」を徹底的に調べてほしいと願いました。

さらに、訴訟仲間であった熊本在住の市原和子さん事件の詳細と、自民党衆議院議員で熊本一区の木原稔氏の関与についても調査してほしいという思いも込めました。木原氏は統一教会自衛隊員信者も含む)の票を獲得し、熊本駐屯地に何度も出向いていると、熊本の地元の人たちにお聞きしました。市原和子さんをこちらの弁護団から隔離して会わせず、原告を取り下げさせた老人ホームの院長も木原氏と同性で、木原千鶴元日本航空客室乗務員が事務局長であることも事実ですので、そのまま伝えました。日航123便で亡くなった木原幸代客室乗務員とも住所が近く、お二人は親族のようでした。

すると、一体どういうことかわかりませんが、この元日本航空社員の木原稔氏が、今回の内閣改造防衛大臣になったというのです。

大変おどろきました。

岸田首相はそこに一体どういう願いを込めたのでしょうか。

私は、ある意味でみそぎのようなものなのかと思いました。

岸田さんは、JAL防衛省に対して、お互いに隠蔽しろ、という命令ではなく、お互いに真実を明らかにしよう、ということが言いたかったのだと思いたいです。

それこそが、政治家の使命でしょう。それこそが国民との信頼関係を作るでしょう。

違いますか?岸田さん。

そのための人選だったと信じます。

そして、皆さんは一体この行方がどうなるのか、逐一注目していきましょう。

そこで、木原稔防衛大臣にお願いします。

私ら遺族を再びだますことだけはしないでください。

よろしくお願いします。

弁護団とともに数々の証拠物を精査し続けてきた青山透子氏と読者の皆さんの応援の声は確実に世間に届いています。私ら遺族たちにも届いています。

皆さん、本当に心のこもった応援をありがとうございます。

私らを隠蔽論という人がいる限り、そして、私が弁護団や青山さんや渡辺さんに騙されているとか、そそのかされていると、まったく事実と違うことを言う人がいる限り、それを否定し続けるために、私は元気で頑張っていきます。

吉備素子

 

 

 

非科学的な発想を許してはならない

世間では今、科学的思考でものを考える重要性を訴えている。

フクシマの汚染水問題もそうだが、先日プリゴジン氏を乗せて墜落したブラジル製のエンブラエルジェット機における事故調査は、ブラジルの要請にもかかわらずロシアが国際ルールに従わないで、事故原因の調査を行わないそうである。民間人を乗せた旅客機の墜落原因の調査をしないなど、どれほど異常な事態か誰もがわかるはずだ。

当然のことながら再発防止のために、事故原因を詳細に調査しなければならない。しかしながら世界中どの国も、政治をする側の人間は、特に軍事が絡むと腰が引ける。その隠蔽にはすさまじいほどの巨額の金銭が絡む。それに伴って荒唐無稽な発想も加わり、世間に混乱を招く。

例えば、「物事をよく知らない」、「情報を与えられていない」一般人なら多少は許されることもあるが、この日航123便は、群馬県警日航機事故対策本部長の肩書のある河村一男氏がフェイクを語り、藤原洋次席事故調査官が、マスコミ向けに、黒板に書かれた圧力隔壁を指さして説明をした。この藤原氏は今もなおNHKに圧力隔壁を強調する発言をしていた。当時もまるでそれが正解であるように話をした。しかし、真っ赤なウソだった。

 

それから28年を経た2013年、垂直尾翼に異常な外力が着力」したことが墜落原因であると、公開された公文書から私たちは知った。それでもなお、情報量の乏しい元パイロット、特に杉江弘は、知ってか知らずか、一方的に私の本で記したエビデンスを否定して、異なる墜落原因の指摘を手前勝手に非難した。

事故時の高木養根日航社長の後に代表取締役社長となった運輸省からの天下りの山路進は、吉備さんら遺族の前で「相模湾に沈んだ残骸は引き上げない。必要がない」と断言した。

つまり、私たちは専門家の発言や加害企業の社長の発言ですら、すべて正しいと錯覚する。本人たちの語りの裏側にどんな卑劣な思惑があるか、などとは、当時は夢にも思わなかった。素直に受け入れた結果、バカを見たようなものである。

それがこの日航123便事件である。

さて、まるでひっかけ問題のような低レベルのカラクリの一例を紹介する。これは、専門知識がなくても、小学生でも簡単にわかることである。

 

 

頑強のジャンボ機の第四番目のエンジンが衝突したとされる木の実物写真(一本カラ松)

 

この木の先端に、ジャンボ機の7トンほどある第四エンジンがぶつかり、取れて外れた。そして、森林の中に落ちたので木っ端みじんにバラバラになった。(河村一男著「日航機墜落」から抜粋)

●事故調査報告書の第四エンジンのバラバラ図

 

 

この本で河村氏は、事故調査報告書の一部を上記のように図解で解説をしてくれている。「ジャンボ機のエンジンが木に衝突して外れたので、バラバラの木っ端みじんになったのである」。これが非科学的な内容だと誰もがわかるだろう。

皆さんの大笑いの声が聞こえる。

ちなみに、ジャンボ機のエンジンは4つあり、一つ7トンほどある最も頑強な物体である。それがなぜ木(先端の細い部分)に当たって、しかも、木の側が折れている(力学的に木が負けている)にもかかわらずエンジン側が落ちて、その結果、細かく粉々になって砕け散るのか?

例えば、7トントラックが木の電柱に衝突したとき、電柱は折れるが、トラックが木っ端みじん(細部にわたってバラバラ)になり、跡形もなくなり、その破片が広範囲で細切れ状態で飛び散るわけがない。こういえば、小学生でもわかるだろう。ちなみに、他の3つのエンジンは山の岩斜面に激突してもその原型は留めていた。

なぜか、第四エンジンだけが木っ端みじん、なのである。私たちはこの事実を重く受け止めなければならない。

日航安全啓発センターにおいて、河村氏同様に非科学的な内容語り部(と称するJAL宣伝担当宴会部長)が、永遠と言い伝えていくことを許してはならない。

この場所はJALの新入社員への洗脳機関ともいえるが、その被害は、ここを訪れる一般人、他企業にも及ぶ。どこかの国と同じで、実に恐ろしいことである。

これほど明らかな事実を無視し、圧力隔壁を指さして都合よく改変して言い続ける「洗脳語り部」の仕事をする社員(元社員)たちは、世間を欺き続けていることになる。

この事件について、私たちは科学的思考を取り戻さなければ、いつまでたってもこういった悪意がはびこることにもなる。

 

事故調査報告書に名前を記された専門家の方々の名誉を守ることなど、521人の命と引き換えにすべきではない。

 

追記

当時、「後部圧力隔壁ではない、別の原因がある」と異論を唱えた本を出版した方々に対して、この河村一男氏が即座に批判(一部は新聞広告を利用)して警察組織を盾に圧力をかけ、執筆活動が妨害されたと聞いた。多額の金銭を提示された人もいるという。

また、私の本がベストセラーとなった後、群馬県上野村近隣の駐在所にいたという元警察官から、日誌のようなものが送られてきたこともあった。そこには、「上野村村民は誰も日航機事件を目撃していない」というようなことも書いてあった。一体それで何を証明したかったのか、いまもわからないが、目撃証言を否定するために作成したものだといえよう。

なお、いまだにこういう元警察官もいれば、当時はまだ墜落原因に疑問を持つ遺族の味方になってくれた警察官もいたそうだ。そういう警察関係者は「第二の職場が焼き鳥屋のおっちゃんになってもいい」と言って、親身になってくれたと聞いた。

 

現在、上野村慰霊の園で長年展示されていた上野村小学校文集「小さな目はみた」が裁判開始後に撤去されたと聞く。今年もまったくその文集が見当たらない。

また、日航安全啓発センターでも、以前は展示していたこの文集を、いつのまにかこっそりと書庫に隠してしまった。不都合なことを隠すのは止めるべきだ。

小学生、中学生の文集を隠すことは、世の中で範を示す大人の行為ではない。

上野村も独立した精神を持たなければ、その地で墜落死した521人が浮かばれない。

これは自分たち村民の心意気や過去を否定することにもなるのだから。

あったことをなかったことにしてはならない。

 

 

機長の制服行方不明事件と遺物は何を語るのか

ー遺体の声を聴くー

先の戦争のみならず、現在進行中の戦争ニュースが世界中を飛び交う今、

戦争の悲惨さを伝えるためには、その現場の映像は欠かせない。

軽々しく権力者が口にする核戦争の破滅的な状況を伝えるためには、どうしてもヒロシマの惨状や被爆直後の死体状況、そして長年苦しむ被爆が人の体に及ぼす影響を語らなければならない。どの国も戦争へ向かうことを危惧するが、そのためにはあらゆる情報を封じてはならず、そうしなければ世間に戦争への恐怖心、核兵器の恐ろしさは伝わらない。

それは、38年前に起きた日航123便墜落事件の遺体状況を知る必要があるのと同じである。

上の写真は、私がインタビューをした土肥福子検死医師の表情が物語るほど、凄惨な遺体写真である。御棺に入れる前、手前の看護師の足元にある黒炭のコロコロしたものはすべて離断遺体である。同じ写真が2010年の新聞に掲載されている。

しかしながら、新聞報道では黒炭の離断遺体部分は削除しており、ただ福子医師の呆然とした顔が協調されているだけである。さすがに黒炭遺体の部分は言葉のみで写真で報道できなかったのだと推察する。

私が、検死医師から「再びこういった惨事が起きないように、未来のためにも客観的に分析をしてください」と検死報告書を託され、さらに群馬県警察本部が作成した赤い表紙の「100遺体事例集」を手にしたとき、人とは思えない遺体のあまりのむごい凄惨な状態に、しばらくは直視することは出来なかった。

その際、検死医師が私に語ったのは、「検死の結果で遺体で気になる点は、二度焼かれていることである」ということと、「高浜機長の制服がまったく発見されず、安置所にも出てこなかった。山から降ろされるとき、自衛隊員らにヘリで運ばれてくる途中に、はぎとられたとしか思えない」という大きな疑問であった。そして、「これは極めて遺憾だ」といった。それは、現場で何等かの人道を外れた違法行為(犯罪行為)が行われた痕跡が、乗客乗員の遺体に見受けられる、ということである。そして、それに対する強い怒りの言葉であった。

 

この群馬県警察本部が作成した「日航機墜落事故事件ー身元確認100事例集」は、表題が「事故」のみならず「事件」と並べて記されている。

つまり、「事故と言い切れず、事件である可能性が否定できないからだ」と当時の警察関係者にお聞きした。実際に両方書いてあることがそれを物語る。

その中に、「真っ黒にこげた遺体」という付箋がつけられたページがあった。

この遺体は、かろうじて形は留めているものの、夏山の湿度75%(上野村は連日夕立がすごく、土の上は湿っていた)にもかかわらず、裏も(土に接していた面も)表も丸焦げ状態でカリカリとなっており、検死医師が手に取るとポロリと落ちるほどであったという。

この遺体状況はあきらかにおかしい、という疑問が当時の検死医師から指摘されたものである。

なお、これらすべては「遺物は真相を語る」に掲載している。その詳細は101ページから書いているので、遺体の叫び声を感じてじっくり読んでほしい。

私がここに掲載する決心をした理由は次の通りである。

まず、当時の官僚や官邸は、520人の死亡事故として、単に同数の520人分のお棺を用意すればいいと思っていた程度であったと知ったからだ。

そして、この遺体の惨状や実情も知らず、日本航空の高木養根社長(当時)は全く現場に行かず、当然遺体も見ていない。関係省庁の官僚も遺体安置所には行っていない。仕方がなく来たという感じのトップの人間たちは、あまりの異臭や悪臭にほんの数分でさっさと帰ったそうだ。そして中曽根康弘首相(当時)は、隣の軽井沢町で、事故発生時に一度も現場に来ずに、取り巻きマスコミと一緒に夏休みと称して遊び惚けていたという事実。

世間はこの遺体状況も知らないまま、マスコミは「圧力隔壁破壊が原因」と言い続けた。その弊害は「墜落原因の隠蔽」という形で現れた。

今回、裁判の原告となった吉備素子さんは、この遺体を一つひとつ手に取って夫を探した。4か月もの長い間多くの遺体を見続けてきた唯一の遺族である。その吉備さんが裁判をしているのは大きな意味がある。

しかし、裁判報道は上毛新聞を除き、大手全国誌は紙面での扱いは小さな記事であった。特に一切、この裁判報道をしないのは日本経済新聞である。明らかに日本航空の株価に影響するとの思惑だからだろう。

NHKは、国民のための報道機関であれば、裁判を行ってる吉備さんにインタビューをしてしかるべきにもかかわらずアプローチすらしてこない。

その代わり、JALの当時のグランドホステスと呼ばれた(地方や地区ごとの採用枠)地上サービス職から安全啓発センターの語り部になった日航社員にインタビューをしたのである。語り部伊藤由美子氏は、この写真集を見たこともないだろう。当時の遺体状況も知らずに、墜落原因の嘘の内容を流布する役割を得て、それを定年延長の条件としているようなJAL側の人間であり、その人に何をいまさら聞く必要があるのだろうか。

その記事は昨日ネットニュースに出たそうだが、「まるで正当なことを言っているようにみせるために、わざわざ本棚の前で話す姿を撮影させるなど、ご本人はどこかの教授が語っていると勘違いさせたいのか、そう思わせたいのかかわからないが、この安全啓発センターの語り部は、いくら質問をしても、みな圧力隔壁説を強調するので、それを流布する役割を担っているのだろう」という声も届いた。テレビにも出たらしいが、圧力隔壁当たりを指さして話をしていたらしい。明らかに意図が見え見えであったそうだ。伊藤さんのような語り部の人は、そんな自分に嫌気がささないのだろうか。

私たちは、このJAL安全啓発センターの語り部と、いわゆる戦争の語り部が、同じだと勘違いしてはならない。このJAL社員の語り部たちは、JAL側の「広報宣伝部長(実際の部長ではなく宴会部長のようなもの)」の役割をしているのである。

NHKはそれを知っていてインタビューしたのか?

JAL側の人間の、しかも偽りの原因を流布する役割の人間の言い訳をニュースで流したのである。単なる地上サービス職の伊藤由美子氏が、いかにもJALを代表して反省しているがごとくのまったく意味のない記事であったが、これならば、情報開示裁判について、直接JALの赤坂社長にインタビューをすべきだ。

このNHK記事ように、やらせ語り部を正当化し、いつも同じ遺族(遺族の代弁者のように見せる)を出して、JALの反省の態度をほめて、ただ悲しみだけを伝える記事を出すことにどういった価値があるのだろうか。風化防止にしてはJALにおもねりすぎる。NHKの記者たちはJALに加担してまで、何を隠したいのだろうか。

NHKの役割は何なのだろうか。

NHKに期待するほうが無理なのだと読者から多くの手紙をいただくが、戦争の責任問題を追究する番組やヒロシマの惨状の番組は制作できても、今まさに起きているJAL裁判の報道や吉備さんを取り上げることすらできないのであれば、先の戦争に加担した報道と同様ではないか。報道の矜持はもはや存在しないのだろうか。

38年間、一体彼らは何をやってきたのか。今こそもっとも重要な報道は、JAL裁判の報道であろうが、それを一切無視をする理由は何かを逆に聞いてみたい。

メディアは8月12日に特集を組んで「JALが裁判で遺族と戦う」ことの矛盾点を伝えるべきである。さらに、「現在、最高裁に上告中であるが、38年という通常の開示請求でオープンする時期をとっくに過ぎているにもかかわらず、日航は123便の生データのかたくなに開示せず、しかも裁判所の判断が、これもまた矛盾だらけの不当判決である」という事実を伝えるべきである。それにもかかわらず、報道でなぜ伝えないのか。その立ち位置はどこにあるのだろうか。

38年も経て、いまだに情報開示をしない理由は何か。

「異常外力の着力点」は何かを報道しない理由は何か。

いまだにこれが報道できないのであれば、報道に携わる記者たちのモチベーションとポテンシャルはどんどん下がっていくだけであって、その結果、日本は劣悪な報道人ばかりとなる。まるでどこかの国と同じではないだろうか。これは嫌味でも何でもなく、客観的な事実である。

私が最初の本を書いたとき、ある教授の紹介で品川のホテルでお会いしたNHKのC.M氏は東大卒の女性で、いまはもうずいぶんと出世されていると思うが、真剣に話を聞いてくれた。私と同じ大卒入社したあの頃は、男女雇用均等法の先駆けとして女性が幹部候補生として入社したばかりの時代であった。

しかし彼女からその後、しばらく連絡がなかった。最後に彼女から来たメールには「自分の家族が入院して?介護しなければならない~」などという、およそ仕事のメールとは思えないほどおかしなメールであり、プライベートな理由ばかり書いてあった。

あの頃は、日航安全啓発センターが出来上がって、倒産への道をまっしぐらだったが、そのJALの内部の様子や、JAL倒産前の数々の情報も取り上げてくれることはなかった。倒産後、「青山さんの言った通りになりましたね」というメールが、紹介してくれた教授と私に届いたが、さすがに報道人らしからぬその無責任さには、教授とともに呆れてしまったのを思い出す。

従って、マスコミが「まさかJALが倒産するわけがない」として報道しなかったため、いきなり倒産したので、急激に坂道を転げ落ちるように株価がゼロ円となって大金を失った一般株主も多く、会社更生法適用の際に多額の税金を投入する大変な事態となったのである。

もし今、当時の中曽根首相とともに墜落現場の隣の軽井沢で、現場に行かずに遊んでいたマスコミ関係者がご存命ならば、また、C.M.氏のように日航機事件を取り上げることが出来なかった人たちがあの頃の自分を反省するならば、今こそ、逆に当時果たせなかった分も含め、志のある人を擁護すべきだろう。吉備素子さんを応援すべきだろう。それは、マスコミという仕事を選んできた最後のプライドであろう。後輩の記者たちには、これだけ隠蔽を重ねているJAL側におもねった作為的な記事を書かせてはならない。

8月12日に無念の死を遂げた521人(胎児も含む)のためにも、当たり前に事実を見つめてまっとうな報道ができる日が来ることを、私は心から待っている。 青山透子

 

 

********

管理人です。

今週発売の文庫本【日航123便墜落-遺物は真相を語る】は、絶賛発売中です。

吉備さんは引き続き弁護団とともに最高裁判所へ上告中ですが、この本の資料も重要証拠となって入っています。

また、高浜機長の制服行方不明事件に関する土肥福子医師へのインタビューも入っています。なぜ行方不明となったのか、深く考えてみてください。

特に文庫版「はじめに」と「おわりに」をお読みいただけますと、今までの経緯がわかります。皆さんの心からの応援とご賛同を糧にこれからも真相究明に頑張っていきますので、ぜひよろしくお願いします!

www.kawade.co.jp

 

 

 

 

 

38年目の真実-異常外力着力点

38年目の夏が来る。例年にないほどの猛暑である。

さて、東京地裁と東京高裁の裁判過程で明らかになった事実は「異常外力の着力点」の存在である。

上の緑色の表紙は、1987年当時、まだ多くのご遺族が墜落原因に疑問を持っていた時の8・12連絡会/事故究明部会が作成した冊子である。しかしその後、JAL側の懐柔作戦と遺族分断作戦により、真実への追及が困難となってしまった。

下の図(付録6付図1)は運輸省外局事故調査委員会(当時)が作成した研究付録の116ページである(手書き英語を加筆)。これはすべて裁判資料として提出している。

つまり、この通り、日航123便は、垂直尾翼に着力(着弾)した異常な外力が墜落原因となったのである。

いまだに「後部圧力隔壁説」を唱えている人はやめたほうがよい。自分の無知が表に出てしまうからである。せめて東京地裁、東京高裁の裁判記録を読んでから、ツイートなりなんなりしないと、公のネット上で恥をかくことになる。その悪例が、西日本新聞の記事「隔壁検査急いでいれば(2022年8月12日掲載)署名:野間あり葉」である。元事故調査委員の斎藤孝一氏(当時は事故調査の予備知識もなかったとご本人が述べている)も、その後「ミスター隔壁」などと持ち上げられての発言だろうが、こういった誤情報で勉強不足の記事を書いてはならない(JAL裁判、269ページに詳細明記・参照)。もしや、プロパガンダのつもりだったのだとすれば、あまりにお粗末であった。

話を戻すと、2013年に公表された事故調査報告書の研究資料・別冊によれば、その着力と同時に11トンの力が垂直尾翼に前向外力(95ページ)で加わり、同時に爆発音、とある。その記録もフライトレーダーに記されており、すべてが合致する。(該当記述掲載95ページ、101ページ・事故調査報告書(本体)にも79ページに書いてある)

 

11トンの力を持って垂直尾翼に異常な外力で着力したもの、それはなにか。

機体自体は崩壊せず、着力した(当たった)部分から垂直尾翼が徐々に破壊されていったのが別冊研究資料からよくわかる。「圧力隔壁説をくつがえす」78ページ~81ページに、別冊を引用してわかりやすく図解したものを掲載している。

それをもたらすものは何か。つまり、炸薬なしの軍用「飛翔体」となる。

そして30分間もの間、高浜機長以下パイロットたちは不時着地を探していた。すでに、横田基地緊急着陸OKが出ていた。(基地従業員並びに週刊誌取材証言あり)。しかし、高浜機長が目指したのはそこではなく、長野県のレタス畑であった。

一度はトライしたが住民がいたので警告のために低空飛行をしたが、二度目に着陸するその手前の山中で、いきなり第四エンジンが「別の外力(これは追尾していたファントム機が発射したものと思われる)」で破壊されて、第四エンジンは、木っ端みじんとなってしまった。そのエンジンがバラバラになった残骸付近、つまりU字構付近を即時に封鎖してマスコミの立ち入りを禁じたのはそのためである。当時現場に行ったマスコミの証言もある。そこには、第四エンジンの木っ端みじんの破片に交じって「飛翔体」の破片があったからだ。JAL整備士たちが夜中に現場に到着して、ジャンボ機の破片か、それ以外の物体の破片かを仕分けさせられた(証言あり)。

そして箝口令(口止め)が敷かれた。

結局、日航123便は、垂直尾翼に異常な外力が着力したことが墜落原因となり、中曽根康弘首相の選挙区の群馬県上野村の山に墜落した。その日の夜(号外が出せる時間)には墜落場所も特定されていた(JAL裁判、285ページ・信濃毎日新聞号外に墜落現場は上野村と明記されていた)。

それにもかかわらず、不明と偽って世間をだまし、一部の報道機関はそれを鵜呑みにして、結果的にはこともあろうに、自衛隊による隠蔽工作の時間を与えてしまったのである。なお、米軍説もあるが、その場合、防衛庁は(自衛隊員に隠蔽作戦の命令をした人間は)もっとたちが悪かったことになる。自衛隊が自国民のいのちを優先せずに米軍に協力したことになるからだ。なお、誰とは言わないが、娘を米軍人の嫁にやって、現在ハワイ在住の有名な自衛隊幹部もいる、とのことである。

生存者は100名近くいたが(検死医師の証言)、中曽根康弘の首相の地位と関係省庁組織の隠蔽が先となって「いのち」よりも「組織」が優先された。

これらの客観的事実に対して、裁判では多くの資料を提出したが、一切JAL側は反論もせず、無言をつらぬいた。しかし、事実は事実である。そこに異論はなかったのだろう。反論の余地すらないのか、無視をした。

原告の一人、市原和子さんを熊本市内の老人ホームに隔離して、住所も記載していない取り下げ書をだれが作成したのか、訴訟取り下げの書類がJAL側弁護士の書面と同時に、なぜか裁判所に直送されてきた。その老人ホームの事務局長は元JAL客室乗務員であった。その熊本一区選挙区も彼女と同姓の衆議院議員がいて、それもまた元JALの社員(秘書もJAL社員)であった。

これらは吉備さんの訴訟仲間の市原さんの思いを無にし、著しく傷つける行為であった。元JALの社員たちは、自分たちのした犯罪行為を深く反省するか、どうしても言い訳をしたいのならば、堂々と裁判で語るべきだろう。

 

裁判官も諸々の事実を知り、うろたえたのだろう。政府が味方をしたのかわからないが、地裁、高裁と明らかに裁判長の訴訟指揮が乱れた。そして地裁、高裁もあまりにお粗末な不当判決となった。

 

ここで、皆さんとその外力とは何かについて考えてみる。

(1985年当時のミサイル開発について「墜落の新事実」165ページから170ページ・「遺物は真相を語る」20ページから28ページを参照)

いろいろな推論が飛び交っているが、当時の報道から「異常外力の着力点」をもたらした「飛翔体」について、この物体の候補が浮き上がってきた。

以下の写真は、拙著「JAL裁判」でも掲載したものである。

朝日グラフ「1985年8月30日緊急増大号」で報道された中で、その飛翔体候補の写真が掲載されていた。これらは目撃情報と合致する色であり、また大学研究機関で分析をした形と同じである。

色に着目すると、異常外力の着力点をもたらした飛翔体の一つと推定される。

当時の新聞報道では、陸自のSSM-1(88式地対艦誘導弾)開発テスト中であった。

いずれにしても、この色の軍用飛翔体であることは間違いない。

当時の目撃者たちは「オレンジ」とか「朱色」といった証言だったが、私はどちらなのだろうとずっと疑問に思っていた。しかし、この写真で納得したのである。なるほど、二色塗だったのだ。

これが日航機の付近をウロウロと飛行し、さらに焼津沖で機体と一緒に飛行しているのを目撃されて、上野村の村民にもはっきりと目撃されていた。

上記のような飛翔体については、1985年当時のミサイル開発について「墜落の新事実」165ページから170ページに記した。さらに前日まで防衛庁が発表していた当時の開発状況については「遺物は真相を語る」20ページから28ページを参照していただきたい。

 

さて、なぜ当時、全員を不起訴として、520人の墜落死の責任をだれもとらなかったのだろうか。

政府の圧力、防衛庁運輸省の失態といった人的ミスをカバーしたい人たちと自分の地位を確保したい人の私利私欲もあろうが、そればかりではない。

まず、当時の世相から、自衛隊の誤射が明らかになれば自衛隊に厳しい結論が予想された。ちなみに、現在自衛隊への印象は東日本大震災以降、当時とはくらべものにならないほど良い印象である。しかし、これは「良し悪し」といった問題ではない。災害派遣での良い印象と、1985年の隠蔽は、まったく別の話であって、切り離さなければならない。米軍への印象もそうである。1985年当時は冷戦時代であるが平時である。米軍は少なくとも8月12日の晩に、急いで医師も載せて救助に向かっており、ヘリも出している。しかし、日本の自衛隊はその日の晩、一切の救助をしなかった。現場に到着していた自衛隊員は多かった。それにもかかわらずだ。これは揺るぎのない事実である。

「上官の命令で仕方がなかった、間違いだった」として反省するならば、その事実を認めて深く謝罪すべきであり、その結果については国民が判断すべきことである。

裁判長も先走って、勝手に考えて、恐れる必要などない。

さて、そこで日航が冤罪にもかかわらず、自衛隊をかばう疑問が浮上する。

なお、私がJALをかばっているから自衛隊誤射という違う説を言っている、とわざわざ手紙をくれた人もいたが、それは論外である。むしろ、古巣の隠蔽を正すのは当時を知る元社員の役割であろうし、私は研究者として事実を客観的に見ているのである。

JALがどうしても隠蔽したかった理由。そのヒントは次にある。

裁判開始以降、こちら側の弁護団、応援のユーチューバー、墜落原因に疑問を持つご遺族、青山透子に対する悪質な誹謗中傷の発信者を調査したところ、元運輸省関係者、元自衛官予備自衛官)、元日本航空社員が多数を占めていた。普通、このメンバーがそこまでする理由は、自分たちの汚点と疚しさからくるものである。

さらに、内部情報者からの手紙によると、(一部抜粋)

「現在の植木会長がマスコミ対策の音頭取りをしている。JALが真相を隠し通す理由は、当時高木社長にも秘密にしていたことがあったから。つまり予備自衛官パイロットによる古巣への協力体制があったこと、自衛隊出身の高浜雅巳機長(日航123便機長)の関与が示唆されるような言葉、墜落の際に何等かの言葉を発していた。ボイスレコーダーによって、これらが表に出て明らかになることを阻止することであろうと、当時の経営関係者から聞いた。1985年8月12日、公共交通機関を利用する人たちを危険にさらす行為であったのだろうと思うとぞっとする。

原和子さんの「自分の弟が操縦した飛行機で墜落死した乗客への贖罪から吉備さんの力になりたい」という崇高な考えは、高浜機長の遺族やJALの幹部にはないらしい。」

ここで浮き彫りになってきたのは、予備自衛官自衛隊の秘密裡に行われた標的訓練説である。

 

JALは520の命と何を取引したのか、マスコミ対策もふくめ、遺族や関係者への数々の違法行為は、大企業の優越的地位を利用した閉鎖的な思考がもたらす、本当に愚かな行為である。

最後に、原告の吉備さんの言葉を伝える。

青山氏や遺族の小田さん、ユーチューバーのワタナベケンタロウさんを名指しで、「公害」とか「 低レベルで知能指数が疑われる位、下劣な話」とツイートしている元自衛官がいると聞きました。さっそく弁護団に相談したところ、明らかに侮辱罪に当たるとのことでしたが、そもそも見ている人が少数なので、こちらが取り上げる労力と比較すれば無駄な可能性があり、とのことでした。
そこで、皆さんの中で万が一、そのような書き込みを発見した場合は、ぜひ次のような私の言葉をその人に伝えてください。
 
「私(吉備素子)が、38年間も夫の死因に疑問を持ち続けてきた中で最大に協力してくれた青山さん、同じ疑問を持つ遺族の小田さん、日航123便事件を真剣に議論してくれているワタナベさんに対し、そういった侮辱の言葉は一切謹んでいただきたい。あなたがどうしても言いたいことがあるならば、裁判に出てきてください。私があなたと話をします。今後またそういう書き込みをしたら、私が告訴します」
追記
読者(元記者)からの手紙・抜粋
「今年も8月12日に、日航123便裁判を取り上げないならば、おそらく日本の報道は地に落ちてしまうだろう。それも自明の理だろう。私が危惧するのは、「異議を唱える人は悪い人であり、すなおに信じる人は良い人」という意識である。良い人とは、隠蔽者にとって都合の良い人、という意味で理解しなければならない。都合よく利用されていることに気づかなければならない。
吉備さんのご苦労は本当に頭が下がる思いだ。それをいかにも、「JALを許している人もいる、お互いに理解しあう(犯人を許す)ことが大切だ」、というようなことを御巣鷹で言っていた「JALと親しく、安全啓発センターのアドバイス」をしている重鎮のジャーナリストY 氏がいるが、それは大きな間違いだ。ジャーナリストの立場を利用して、まるでこれに同調するような圧力を与えており、遺族が声を上げにくくしている。こうやってマスコミを利用すべきではない。加害企業と癒着した身の上での発言は許しがたい行為だ。」
吉備さんのように長年苦しみながら真剣に疑問を持ち、夫が死んだ原因が明らかになっていないことを思い悩んできた人に対する侮辱や、いわゆる弱い立場の人に対して圧力をかけるなど言語道断である。ジャーナリストが隠蔽に加担してははならない。

 

 

 

 

 

 

司法は誰のためにあるのか 道理に反する不当判決

東京高裁の判決に残念と語る吉備素子さん

判決後の記者会見 吉備素子さんと弁護団長の三宅弘弁護士

東京高裁司法記者クラブ 記者会見模様

 

38年間待った判決はたったの10秒!

2023年6月1日、梅雨前のさわやかな晴れの一日であった。

東京高等裁判所には傍聴の順番待ちのために、朝8時半から簡易の椅子をもった傍聴者たちが並んだ。

午後1時20分、法廷写真の撮影のため吉備素子さんと娘さん、弁護団、一般支持者たちが入廷。女性の事務員による法廷撮影の説明が入り、2分間(秒単位で読み上げ)報道各社の写真撮影があった。

その後、土田昭彦裁判長、森岡礼子裁判官、古谷健二郎裁判官らが傍聴席をじっと見つめ、土田裁判長が口を切った。

土田裁判長「令和4年 ネ 第4966号事件、判決を言い渡します。

主文1 本件控訴を棄却する 2 控訴費用は原告が負担する 以上です」

そのあと判決理由が語られると思っていたが、一切なし。

なんと、驚いたことにたったこれだけの言葉を発し、3人は踵を返して真っ黒な背中を見せて去っていった。

判決に要した時間は、たったの10秒もなかった。

唖然とする傍聴席からは怒涛の声や、「なぜ日本航空は被告席にいないのか」「おかしいだろう」という声が出た。

この日のために両足股関節のリハビリに励み、38年間待ちに待った判決を聴くために大阪から来た吉備素子さんを、まるであざわらうがごとくの「しれっと」した判決であった。その裁判長の態度は、ある意味では実にわかりやすかった。

一体、誰のための司法なのか!

あの世で521人の方々は、「自分たちの命を奪った真犯人を突き止めもせず、すべて見て見ぬふりをしてきた結果、日本の司法はこの程度しかできないのか」と、心から怒りがこみ上げてきたであろう。

先日、生前のノートが発見された元最高裁判事の団藤重光氏は、ご自身の裁判日記において(大阪騒音公害訴訟に)政府筋が介入したことを記し、「この手の介入はけしからぬ」と書かれていたが、いまだに続く、この現状にがっくりこられただろう。

過去から、何も学んではいない、これが日本の司法の限界なのかと……。

1985年から膨大な年月が経ち、どの国も30年で公文書の情報は公開される。しかし、この日航123便だけは特別に不開示だ。なぜならば、事故調査委員会は意図的にボイスレコーダー等生データだけを、勝手にこっそりと日航に返却していたことが、実はこの裁判の過程でわかったのである。

これは公文書であったものを私文書にするという、あってはならないことなのだ。

例えば市役所や警察といった公的なところに保管すべき公文書を、こっそりとしかも犯人の一味だった民間の会社に返していたようなものなのだ。公文書のままだと誰もが開示請求できるため、日航に返却しておけば、一民間企業だからという言い訳が成り立つと役人が考えたからであろう。

これは、法的にも異例で卑怯な手口であった。

東京高裁においても、「ずっと真実を知りたいと思って生きてきた、本当の墜落原因を知りたい、夫はなぜ死ななければならなかったのか」というご遺族に対し、またもや不当判決であった。

ちなみに、勝訴判決を聞く被告席や傍聴席には、日本航空の社員は一人もいなかった。

その後、判決をもとに記者会見が行われたが、ここでも吉備素子さんは、

「大変残念でならない。当時は混乱する中、和解をせかされて、慰謝料だけサインをした。墜落原因もわからないままの時だった。後から新証拠が出てきたら、当たり前に開示すべきだろう。『異常外力の着力点』を知ったのはそのずっと後である。今後一切何も要求しない、という和解の条件も異例だったが、それは新たな墜落原因が出てきても一切関係ない、という意味なのか。本当に残念です」と語った。

弁護団長の三宅弘弁護士は、

「異常外力の着力点については完全に無視状態です。それはちゃんと事故調査報告書の付録に明記されているにもかかわらず、再調査すらしない。こんないい加減なもので、ハイ、終わりでは済まされない。きわめて表層的判決と言えます。」と述べた。

521の命を失った原因を追究もせずに、適当でいい、これで終えるというならば、私たちは自分たちの国の司法のありようを恥じなければならない。 青山透子

 

******

管理人です。

読者から、「いまだにこういう書き込みをする無知な人がいる。情報が乏しい人のために、事実と法律を教えてあげてください」という情報が来ましたので念のためお伝えします。

「カメラマン(自称)の人の書き込み:

ボイスレコーダーはICAO(国際民間航空機関)の規定によって「事故調査関係者以外には原則非公開」であり、裁判の被告となっJALは開示権限を有していない。開示権限を有していない会社を訴えたからこそ、裁判所は棄却(原告敗訴)の判断をしています。青山本では何も学べませんよ。』

さて、読者の皆さんならばすぐお分かりですね。この自称カメラマンさんは、ICAOが何を規定して何を目的としているのか全く理解せず、それどころか基本的学習をしていないことが明確です。

ICAO本局に問い合わせをすればすぐにわかりますし、英文の条約を読めばさらにわかりますが、どの国も関係者以外非公開、にはしていません。事実、日本での航空機事故裁判や雫石事故等、裁判では当たり前に公開しています。それは加盟している各国共通です。

特に今回の裁判の訴訟書面に記したのことは、日本航空はインドでの1972年日航471便インドニューデリー事故の公開裁判にて、墜落した日航471便のボイスレコーダーを法廷でマスコミや傍聴人に公開していた、という事実です。さらに加えて、その1年後の1973年には、NHK「あすへの記録ー空白の110秒(1973年6月15日放映)」にて、日航自らがボイスレコーダーの生データもとに番組協力をして、一般人どころか公共放送で公開しています。これらは日航にとって公開したほうが有利と判断したからでしょう。つまり、日航ボイスレコーダーを自分たちの正当性のために恣意的に開示したわけです。しかし、日航123便だけは開示しないというのは道理が通りません。事故を起こした航空会社が、このように恣意的に開示、不開示としてはならない、それが事故原因究明のために存在するこの条約の基礎部分であって、世界中の裁判はその流れです。詳細は「JAL裁判」をお読みください。

従って、JAL側の弁護士は、この点について一切反論しませんでした。ICAOは裁判においては当然生データ公開が原則であり、実際の裁判でもそうでした。また、新事実が発覚した場合においては必ず再調査をする、それができる、と定めています。青山氏がインタビューをした英国の事故調査委員もその通りだと言っていました。これを否定することはできません。

もういい加減、このフレーズ「ICAOは原則非公開だから開示できない」を利用するのは、自称カメラマンさんも含め、やめたほうがよいです。ご自身が恥をかきます。

JALの赤坂社長も以前、新聞報道でこのカメラマンと同様のことを言っていましたが、社長がこの程度の認識ではお話になりません。もっと裁判と向き合い、法廷に出頭して吉備素子さんと面と向かい、陳述すべきです。

ただこの裁判で、JALの過去の方便と、そのいい加減さが明らかになりましたので、この点は原告側の勝ちといえます。

裁判で、原告側は膨大な量の書類を提出しています。そのカメラマンさんが「どうしても理解できない、どうしても自説を主張したい」というのであれば、訴訟記録と提出された証拠書類を全部読んだ後に、ご自身で堂々と裁判に出てきて主張されればよいと思います。

それからもう一つ。

「JALは開示権限を有していないから敗訴」というくだりは、あまりに無知なデタラメです。

JALは自分たちは民間だから公的機関ではなく、開示不開示の権限があると主張しています。

この裁判でJAL側の答弁では、会社として権限をもっているからこそ、その権限で開示しない、という主張でした。判決でも「JALは民間企業だからその権限で開示する必要なし」とそれを認めました。

逆にこちら(遺族)側が、事故調査の生データは公共的資料ゆえ、国のものであってJALに権限はないから、もとの公文書に戻すべきだ、JALが国策会社だった時の墜落だからこそ、国民の知る権利にもとづき情報公開が当然です、と言っているのです!まるで逆ですよ!

上記のように、遺族側の主張が正しいのは誰が見てもわかりますよね。乗客を墜落死させた当事者のJALが、自分たちに不利だから、自分のものだから開示できないと主張しているのですから……。

しかもJALは、墜落した時は税金投入で設立した半官半民の国策会社でしたので、裁判所としても「今は民間だから~」というのは苦肉の策の方便といえるでしょう。

 

以上、これらの事実は否定しようがありませんので、いくら必死に否定しようとも、無理です。

皆さん、この自称カメラマンさんのような安易で無知な書き込みには、絶対に惑わされないように裁判記録をしっかりと読み込みましょう。

青山透子著「JAL裁判」の112ページに、裁判でICAOは不開示の理由にはなない、という項目で、それを取り上げて議論した裁判の模様が、しっかりと客観的に事実として記載されていますので、皆さんもどうぞじっくりお読みください。もしも、日本語がわからなければ、英語版をお渡しします。

それにしても、お決まりの文句「青山本では何も学べませんよ」とは、またもや青山本を広めたくないJALの手先と同じ表現ですね(笑)

このカメラマンさんは、本当にカメラマンだとすると、もしかすると当時、ご自身が撮影した現場写真と引き換えに、日航とお金で手を組んだ(取引した)人の一人でしょうか?

こちらにそういう人たちのリストがありますが、それにしても、青山本は読んでほしくない、という気持ちがバレバレです。

皆さん、意地でも読みましょう!!事実を広めましょう!

そしてこの不当判決と覆すことこそが、司法による法の支配の本当の意味であることを実現させていきましょう。

私たちは、まっとうな裁判が行われる社会を望みます。

*****

事故調査報告書別冊の付録試験研究資料の116ページ(垂直尾翼への着力地点図)は、誰もが国土交通省運輸安全委員会ホームページで見れますのでどうぞご覧ください。特に95ページと101ページに、はっきりと垂直尾翼に着力した「11トンの外力」と記された以上、だれが何を否定しようともこの事実も消えることはありません。

意地になって否定しても無理です。

 

本日、閲覧総数が約14万人となりましたことをお知らせします。