「日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

新型コロナと損益分岐点 

新型コロナと損益分岐点       青山透子     

 新型コロナウイルスとの共存生活、この未曽有の事態に陥っている今、博物館では歴史的観点から記録に残すとし、様々なコロナグッズ(例えば政府が配ったマスクなど)や対策用のチラシ等を収集し、保存しているというニュースがあった。そんな時代に、リアルタイムで生きていることに、改めて気づかされた。

そのような中で、経済活動の本格的再開が始まった。直撃を受けた航空業界において、日本航空では羽田空港第一ターミナルの再開と国内線運航本数を増やすと言っている。座席間隔を開けて座ってもらい、サービスも工夫すると、公共放送を使って大々的に宣伝していた。
この公共放送を使って宣伝する手法には、公共交通機関の使命というよりは、株主総会直前のネタ出しのようなモノだろうと容易に想像が出来てしまう。
予約が回復してきたといっても、当面、損益分岐点に達することはなく、飛ばせば飛ばす程それに伴うランニングコストの部分、即ち燃油、着陸料、乗務手当の類は便ごとに発生する。これを賄う収入が無ければ、飛ばす程に赤字となる。これは当たり前の事である。
勿論、路線ごとに異なるが、私が良く知る元日航社員によれば、「実質旅客単価でこれら費用を割ればペイするに必要なアタマ数が出てくる。搭乗率でみればザックリでみても三分の一は必要になるだろう」、ここに至らなければ「下手な考え、休むに似たり」であると語っていた。
株主総会直前に「公共交通機関の使命」など、今振りかざすセリフではない。倒産時救済の「お返し」や「政府や国民へのアピール」なら逆効果となる。

とかく世の中、過度なアピールやイイ格好、そういう態度に出るときは何かが裏に潜んでいることが多いのが常である。
二次感染が心配な今は、航空会社はおとなしく自粛している方が世の役に立つし、環境にも良いと思われる。もっと根本的な改革を行うときではないだろうか。

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再調査を願う署名活動が地道に広まっております。

大学関係者の皆様、弁護士の皆様、そして私にとって最も大切な読者の皆様、本当に有難うございます。

私が個人的に親しい元日本航空のOG会有志、OB会有志からも、「機体残骸が放置されたままでは心残りだ、相模湾から引き揚げよう」というという動きも出てきました。元整備士の方から、「定年退職まで長年、雨の日も風の日も、深夜も早朝もボーイング747型機の整備をし続けてきた。愛機を引き上げたい」という熱い思いのお手紙も頂戴しました。

純粋に再調査を願う人がこれほどまで多くいたことに感動しております。

また、「再調査に難癖をつける人こそが、当時、上野村での実行犯であり、いまだに心に傷を負っている人だ、そろそろ自分の罪と向き合ってはどうか」という、あの日について詳細に書いてある手紙も頂戴しました。

オリンピックが延期された今年こそ、皆さんと一緒に、真実を明らかにしたいと思います。