「日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

日航123便墜落 再調査キャンペーン たった一人の読者から 青山透子

読者の皆さま そしてこの公式サイトを訪れて下さっている延べ90万人の皆さま さらに、日航123便墜落の原因に関して疑問をお持ちの皆さまへ

オリンピックが延期された今年、あの日から35年目を迎えます。

この事故調査については、いまだに多くの疑問があります。相模湾で機体の残骸が見つかってもなお、再調査する気配すらありません。

事故調査委員会も全く無視したままの状態が続いています。これでいいのでしょうか。

日本で起きた世界最大の単独機墜落で520名もの命を失ったこの原因をこのまま放置しては、私は人間として、そして日本人として世界に汚点を残すだけだと思っています。

昨年、早稲田大学でシンポジウムを開催した際、ビデオレターを寄せてくれたクリストファー・フッド教授は、イギリスの公共放送BBC(英国放送協会)によるインタビューで、この墜落原因が公表された事実と異なり、いまだに多くの疑問があると語りました。昨年の拙著「そして法廷へ」で指摘したように、世界中にいる外国人遺族には不起訴だったということも伝わっていません。

世界では30年を過ぎれば情報公開法によって公文書は開示できますし、日本の外交でもそれを批准しています。森友問題等で公文書がないがしろにされている今、日本だけ開示せずに何もなかったことにする未来など、偽りです。いまさら何が出てこようとも、しっかりと正面から見据えて知ることが重要であり、それを語ることが世界に向けたメッセージだと思います。

また、墜落の原因についてお互いを否定するだけでは全く前に進めませんし、誰も再調査を妨げる理由などありません。

新型コロナで非日常を体験している私たちに出来ること、それは未来を見つめて責任を持ち、自ら決断をする勇気だと思います。

そこで今回、純粋に墜落原因に疑問を持ち続けていた読者のうちのお一人が立ち上がりました。その方は、昨年のシンポジウムにいらした大手メーカーのデザイナーです。他人ごととは思えないという気持ちで、署名活動を始められました。なぜならば、あの日、搭乗していたNさんご夫婦(享年34歳、享年33歳)と3歳になるお子様、ご夫婦の胎児を含めて4名と、さらにTさん(16歳)とKさん(14歳)の姉妹、計6名と、間接的ですがつながりがあったからです。

なお、拙著に登場する大國勉歯科医師ら検死をされた医師たちが、「おかしい、521人いる」と慌てて、「この子は誰だろう、親元に返してあげたい」と必死に探したその小さな子は、墜落の衝撃でお母さんのお腹から出てしまった胎児だったのでした。。搭乗者名簿にあるはずもなく、また、国内線なのでその子が胎児だというような情報もありませんでした。私は大國先生から、「どうしてもお母さんを見つけ出して一緒に荼毘に付してあげようと必死だった」とお聞きました。

今回、署名活動を立ち上げたその方は、亡くなった6名とのつながりは随分と後からわかった、とのことですが、それを知って日航123便について、より一層真剣に考えるようになったのだと思います。

こういう方々は大勢いらっしゃるのではないでしょうか。

私は文庫本のあとがきに書いたように、相模湾から引き揚げて再調査を訴えること、そして「事故原因がわからないままではあの世で報告が出来ない」という御高齢のご遺族が安心して、あの世で再会できるようにすること、何よりも521名(胎児も含む)の無念さと、もしあの日無事に大阪伊丹空港に着陸していたならば、それぞれ521の人生があった、ということを想う皆さんと一緒に、再調査を訴えていきたいと思います。

どうぞ署名をしてください。下記が署名サイトです。

www.change.org

10万人以上の署名が集まった時、何かが始まります。

最後に私も署名をして、皆さんと一緒に国土交通省及び事故調査委員会に必ず届けたいと思っております。

何卒、よろしくお願い致します。

青山透子