「日航123便墜落の波紋ー天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

当たり前のことをきちんとすることの強み 全日空に敬意を表する 青山透子

今、新型コロナウイルスの封じ込めと拡大阻止で世界中が連携している。

米国ではそのための資金を捻出して各国に提供するとし、民間企業は中国に向けて大量のマスクを提供した。研究者たちは人から人へ急速に広がるそのウイルスに対して有効な薬を見つけるために必死に研究している。各国政府は、次々に降りかかる難題に最善の方法を模索しながら、冷静に対応しているはずだ。

ただ、なぜか邦人帰国のために使用することを目的の一つとする政府専用機は使われず(恐らく様々な理由があったのだろうけれども、まだ新品だから、とか、首相や天皇が使用するからということだろう)、その代わりに全日空が何度もチャーター機として行き来している。そのANAの飛び立つ翼に、これで確実に全日空が日本を代表する翼となったと思った。その敏速な行動は、冷静に着実に、かつスピーディに仕事をこなすプロとして当たり前とはいえ、日頃の優れた企業統治の現れだろうと推察する。心から敬意を表したい。

これは、いつまでも決断できない日本航空の没落も意味する。

そして、思い出した、あの日のことを・・・

1985年3月20日、「イランの邦人ー260人無事救出」これは新聞各紙のトップ記事の見出しだったが、思い出す方はどれぐらいいらっしゃるだろうか。読者の皆さんには覚えていない方も多いだろう。

あの1985年の年は本当にいろいろあった年で、イラン、イラク戦争が勃発していた。米軍による支援で軍備が充実して強気となったイラクが、突然、3月19日の夜8時以降イラン領空全域を戦闘地域とし、飛行する全ての民間機を攻撃、爆破すると宣言し始めた。各国の外務省は自国民救出のためのチャーター機政府専用機を次々と用意して自国民救出を開始した。イラン在住の日本人たちは、各国の飛行機が飛んできて、その国の人たちを乗せて飛び立つ姿を見ながら、いつ、日本から飛行機が飛んでくるのか必死に待っていたのである。

ところが日本航空は、当時ナショナルフラッグキャリアで政府が株式の半分を所有していた半官半民にもかかわらず、その時準備をしていたとはいえ、諸々の理由をつけて現実には全く飛ばなかったのである。また当時の国際線は日本航空のみであった。日航内部では、危険区域に飛行することに手を挙げる機長がいなかったとか、乗員の安全確保が不十分だった、赤組と呼ばれていた共産党系の組合側が異議を唱えた、というのが本音であったように記憶する。

このいきさつは、私たち一般職員(半官半民だったので社員ではなく職員と呼んでいた)には、その経緯も含めてよくわからないままであった。私はまだ新人時代で自分たちの青組といわれていた会社側の御用組合が飛ぶものと思っていたのを覚えているが、それも協力せずに、一機も飛ばなかったのには驚いた。何のための日本航空だったのか。まさか無料航空券を官僚や提灯記者、政治屋にふるまうために存在していたわけではあるまい。

あの時、日本政府に見捨てられたイラン在住の商社マンをはじめ日本人たちは絶望していたのである。一体どうして、なぜだと、本当につらかったと思う。なお、これらのいきさつは、『よいしょ』とやらせ記事の多い故中曽根康弘元首相の追悼記事でも一切出てこなかった事実である。その政府側の失態を当時の方々はしっかりと記憶しているであろう。

さて、1985年3月19日のイラン空域飛行閉鎖ぎりぎりになって、日本人救出のために手を挙げてくれたのがトルコ航空だったのである。これについては下記毎日新聞報道をお読み頂ければと思う。なぜトルコ航空だったのか。1890年の和歌山県串本沿岸沖でのエルトゥールル号遭難事件とつながっているのである。

 つまり、これらのことからもわかる通り、一人ひとりが培う信頼関係をもとに、人間としてのあるべきふるまいや良いつながりがその国の安全保障を確実にもたらすものだということである。

なお、その時のトルコ航空機長がオルハン・スヨルジュさんであり、既にお亡くなりになったが、その名前をつけた公園(火の山公園トルコチューリップ公園)が友好都市である下関市にある。そのページも下記に併せて記載しておく。

私たちが今すべきこと、それは積極的な戦争準備や自衛隊軍備増強ではない。国民にとって戦争や武器を持つ戦いで得られる利益などない。人間による憎しみの争いからは何も生まれない。

国防を超えた訓練のために高額で島を購入したり、設置しても活用する頃にはあまり意味のない超高額武器を買うことや、軟弱とわかっていながら土壌改良に未知数の多額のお金を注ぎ込み、一部の人のみの利益でいたずらに海を汚すことでもない。

隣国をあおり、敵を想定した暴言で金もうけするジャーナリストや知識の乏しい作家をのさばらせることでもない。こういった暴言やあおりで得られる利益などないと、今更ながら経団連も実感しているはずだ。どこに向けて政治献金をして、あまり意味のない企業献金の結果、何の利益があろうか。そのお金は別のことに使ったほうがいいと当たり前に思っていることだろう。

政治屋の『票になるから、献金してもらったから』、官僚等の『自分の息子を〇●に入れてもらったから、自分が出世できるから』、どこかの知事が『〇●を教授にしてあげると関連企業の票が入るから、自衛隊基地関係者の票が入るから』、その他、あの人がパイプ役だから、この人を呼べば補助金も入りやすいから、学生を勧誘して増やしやすいから……

こうやって自己都合で仕事をしていたら、逆に何のために自分が存在しているのか、そもそも己の仕事の意味の本質を見失っていくのは目に見えている。そのうち悪意を持った人におだてられ、褒められていい気分になっていく。これは大麻精神病で高揚して気が大きくなる病状と同じである。特に精神力が弱い人ほど、弱気ではないと身振り手振りで大きくふるまうが、この傾向は軍隊関連に多い。

自分だけは大丈夫という、おごりも許されない。偽りの行為は、それをしっかりと見ている人がいる。これらが未来の子供たちに尊敬されるはずなどない。

もっと自分のしてきたことを正当化せずにきちんと見つめるべきだ。

その役割に応じて当たり前のことを着実にすることが未来につながる。経済活動も含めて世界中で国境を越えて、人は密接につながっているのであるのだから。

今回のことで航空業界や観光業界の打撃は大きいが、それは起因が未知のウイルスによる病気である。その克服に世界中が手を結び、解決する利益は大きく、きっと良い未来につながっていくと信じている。

 

1985年3月20日の記事(毎日新聞

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