「日航123便墜落―遺物は真相を語る・天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

海外からの手紙 青山透子

今や本は世界中を飛び回り、何時でもどこでも読めて、自宅にあっという間に届く時代である。その昔、海外の書店にしかない書籍を頼まれて買ってきたり、ヨーロッパの車の雑誌をお土産に買ってきたりした頃を思い出すと格段の差を感じる。書籍の関税は無税であり(おそらく今もそうだろう)、国境を越えた知的財産である。

海外在住で日航123便に関心のある人からのファンレターや海外の研究者とも交流があるが、先日、日本人で米国に長年お住まいの翻訳者の方からお手紙を頂戴した。

その方は、昨年出版した拙著の横田基地米軍へのインタビューのページを拡大(おそらく)して、米国人の友人にも見せて、私がこだわった「BY」について(日航123便墜落の新事実-目撃証言から真相に迫る・p134)実に多角的な分析をして下さった。

詳細は省かせて頂くが「この米軍へのインタビュー内容から分析すると、国家間で日本側からの救助要請というより、日航123便の機長から直接緊急着陸の要請があった、と十分考えられる」とのことだった。ということは、高浜機長が横田に緊急コールをして、着陸したいと要請したとなる。そうすると、町田市や横田基地周辺の人達の目撃証言であるアプローチしてくるジャンボジェットが見えた、ということと辻褄があう。

大変有難く、嬉しいお手紙であった。

 

さて、私への失礼な振る舞いと非常識なストーカー記者がいた新潮社だが、案の定、今話題となっている「新潮45」のLGBT特集記事で他の出版社や有識者たちから相当バッシングを受けている。社内でもその内容を否定している編集者がいるそうだ。新聞には「ヘイト本の新潮社」と大きな看板に書き込んである写真が掲載された。それはいたずら書きというより、本当の看板同様にきれいに書いてあるのでびっくりした。社長も自ら掲載内容について釈明に追われていたが、言論の自由を主張とか、LGBTを利用するのが左だとか右だとかはともかくも、それとは別に単なる無知の発言と言論の自由を一緒にしてはいけない。やはり卑怯な取材でおかしいと思ったことは当たり、おかしい会社となっていた、ということが明確にわかった。

つまり、常識を持ってきちんと調査し、客観的事実(医学的事実)を伴ったものを示す事が当たり前であり、単に好き、嫌いをベースにして大した知識もなく、無知がコメントしてはいけないのである。

たとえ、個人的嗜好に合わない人がいてもそれは別の問題であって、ましてや第一政党の自民党国会議員が率先してヘイト、いわゆる偏見に満ちた発言をしてはいけない。国の品格に関わる問題である。国会議員の彼女はなぜあのような発言をしたのかも大問題だが、なぜ客観的におかしいことを擁護する人がいるのか。個人的に利益を得る団体からの寄付金やら、これを言えばあの役職につける、というような目先の利益がチラついて発言した、とすればその記事を特集した新潮社も落ちたものである。

ましてや権力側にすり寄った発言をすることで利益を得る人間が、自分の食い口を優先して、客観的事実を見ずに(歪めて)書いてはいけないのだ。例えばLGBTなら、これは医学的な見解をもとにして冷静に未来社会の有り様を見つめていく必要性がある

昔はなかったとか、昔はこうだった、ではなく、今だからこそ見えてきた、今だからこそ解明出来ることを考える事が重要だ。更にうっぷんを晴らすための発言であったり、フェイスブックヘイトスピーチを繰り返しているのが永田町やら霞が関であったら、それも職務中だったら、それだけで終わりである。

以前、ある読者が「青山さんの本を読みもせずに批判しているフェイスブックがある」と教えてくれた。その情報を知ったフリーライターが知人の◎◎◎◎省の人と会った次の日、瞬く間に自称ベルギー人のフェイスブックが消えた事件があった。他のマスコミ、報道関係者にも有識者にもそのことは伝わった。皆さんの中で記憶にある人がいるのではないだろうか。両手で頬を抑えて目をむいた写真で自称ベルギー人である。この人たち(複数らしい)が書くヘイトもすごかった。写真上は一応女、である。

新潮社記事事件もそうだが、未熟な乏しい知識の人達にとやかくいう資格はない。

例えば、私の場合、勝手に拙著をミサイル説と決めつけ、撃墜はありえない、そんな機能はこのミサイルにはない、というお門違いなコメントを掲載する新潮社から依頼された軍事評論関係者や、歩兵の勇み足で勝手に名乗り、きちんと読んで検証することもせずにフェイクニュースだとフェイスブックで触れ回り(これだけでも十分私への名誉棄損は成立する)、客観的に物事を見る事が出来ない教授もいる。ご自身の古巣をかばうのではなく、しっかりと現実を見つめたらいかがか。

日航チーフパーサーH氏は、拙著をパラりとめくったぐらいでいい加減で失礼なコメントを堂々とされていたそうだが、ご遺族から「日本語をきちんと理解していらっしゃるのかどうか疑問なくらい、書いていないことを都合勝手に理解したようなコメント」とお電話を頂戴した。そして、「H氏は私たち遺族にも会ったことがないくせに、この本は遺族にとって迷惑だと、勝手に言うな」と強くおっしゃっていた。逆に私はそのご遺族からなぐさめられたのである。このH元日航チーフも、もっと自分の書いたものに責任を持つことを知る必要があり、高校からもう一度勉強したほうが良いと思われる。社会人として長く生きていればよいというわけではなく、こういう人たちは自ら読解力がないと世間にばれていることがわかっておられるのだろうか。それにしても、なぜこういう行動を慌ててとり、こういう言動をするのだろうか。

何か大きな勘違いをしているのではないだろうか。

古巣の職場を守りたい一心とも思えない。むしろ古巣の職場では私の本を幹部一同読んでくれているそうだ。それに対してどう思うかとあるご遺族が聴いたところ「無言」のノーコメントだったそうである。この無言は、その内容が正しいと認めたことになる。

それに対して元日航パイロットの本などについて聞いたら「あれは読まないでくれ」と答えた。どういう意味なのか、読者の皆さんのご想像におまかせする。

それにしても仕掛けてくるほうも、最初は元日航パイロット、次は元日航チーフパーサーを出してくるとは。もしかして、私がまだ33年前の新米客室乗務員のままだと勘違いして、その上司をもってくればよい、とでも思っているのだろうか。実に愚かで子供じみた手法であり、時が止まったままの思考回路としか言いようがない。弁護士の方々やご遺族、大学関係者など周りの人達と大笑いした。

 一体、どこを向いて仕事をしているのか。とても情けなくなる。まさか国家の為などと思っているわけではあるまい。

少なくとも国民の為ではなく、組織としての隠蔽のためだろうと容易に想像出来る。それは自分の出世の為に働いている人達や、次の仕事がほしい人達なのだろう。そうではないと胸を張って言い切れるのかどうか聞いてみたい。

なお後日、自称ベルギー人のうちの一人は別件で取引して「ボンジョルノ」の国へ出世していったと聞いた。こういったことが日常茶飯事であることが、文部科学省の事務方トップがまた相次いで辞任したことからもわかる。

 

今後私たちがすべきことは一般人の感覚をもって、市井の人達の力でこういった問題を解決し、一歩ずつこの日航123事件を解明していかければならないということだ。

 

最後に、今回の自民党総裁選挙について少し書く。

石破氏も選挙ではかなり奮闘して票を伸ばした。同じ政党でもアウエーでの試合の様だったと思われる。こういう異論を唱える存在はどの政党でも一般の会社でも大変重要である。イエスマンばかりの会社はいつかは滅び、国は独裁者を生むのは歴史上の常識である。その点、たった一人奮闘し、それに投票した方々はご自身たちの矜持を貫いたと思う。大変見習うべきものがあった。そういう人にはもっと活躍してほしいと願う。

かたや、投票前にご馳走したカツカレーを食べておきながら、安倍に投票しなかったのは誰だ、とかなんとか言って、安倍陣営の陰湿さが浮き彫りとなったとの記事もあった。オリンピックも誘致したのだから、もっとスポーツマンシップ(最近死語に近いが)にのっとって、正々堂々としたらどうか。

超高額なイージス・アショアを買わせられることよりも、先に日航123便をきっちり解明して、戦後の日本の有り様をしっかりと考える事が重要だ。経済問題も含め、あらゆることが歪んだ始まりは1985年なのだから、それを見つめる政治家がいてほしい。憲法改正よりもこの日航機事件の解明を優先すべきだと思う。

 

追記だが、新潮社の新潮45が休刊することになったと今朝の新聞に出ていた。当然の結末だろう。ただ、なぜこのような企画をして、誰が指示したのか、はっきりさせなければならない。そうしないと、いつまでも同じ失敗を繰り返すことになる。

LGBTのみならず、拙著に対して「元CAのぼろ儲け本」という下品なタイトルをつけて、悪貨は良貨を‥と書いた責任は重い。どちらが悪貨か、今回の騒動で露見した。悪貨の記事を垂れ流し、それに追従してコメントする人たちのような悪がはびこると、善は滅びかねない。だからこそ私たちの不断の努力が必要なのである。

なお余談だが、昔から知っている大手メディアの方からも週刊新潮の記事「ぼろもうけのトンデモ本」に対して次のようなコメントを頂戴した。

「これは悪意に満ちた記事だね。元チーフパーサーという秀島一生という航空評論家は、貴女の本の事実の積み重ねを陰謀と呼び、根拠を示せと言いながら、数ある根拠を見ない、愚かな人だね」と語っておられた。「さらに『事故原因の究明を求める声が、このような陰謀論と一緒くたにされてしまいかねず、困ります』という詭弁は、この記事を依頼した人と同レベルで、販売低迷の新潮社と同じだ。所詮売れていることへの妬みだから気にしなさんな。印税いくらとかすぐにお金に話をもっていく人こそが、卑しい人間で、お金にこすい人だから」と慰めて下さった。

御巣鷹の尾根に何度も行ったことのある人ならば、けして言わない言葉を、元日航パイロットの杉江氏や元日航チーフの秀島氏が語るとすれば、彼らは一度も墜落現場に行ったことがないのだろう。520人の墓標に手を合わせたことのない人間は、特にお金で雇われた御用軍事評論家は仕方がないとしても、元日航の社員が語る資格も価値もない。

 

今回のことで、より一層、事故原因を追及するご遺族と、心から応援して下さりお手紙書いて下さる皆さんと共に、悪を退治しなければならないとつくづく思った次第である。

本というつながりから生まれた善意ある方々に心から感謝申し上げる。