「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

マスコミュニケーションに携わる人たちの心根はどうあるべきか  青山透子

今回は、マスコミ関連の人達の心根の問題について語りたいと思います。

 

まず、おかげ様で、新刊本は只今16刷中で、更に予約が殺到している状況です。これは私が皆様に投げかけた言葉の一つ一つに、世相を反映させながら、当時を知る人たちの怒り、その後生まれた世代による事実に対する驚き、そして亡くなった人を想う人々がいかに多いか、ということの現れだと思っています。

当時、日航の社員バッチを外し、言動にくれぐれも注意するよう会社から勧告された記憶があります。それは、日本人のみならず外国の方も含め、亡くなった乗客一人の人生で関わってきた人々は多数おり、日本国の人口の約四分の一は、学校関係、職場関係、地域関係、医療関係等、何等かの形であの事故に関わる人々であるから、気を付けるようにとのことでした。乗客には会社の重役や社長など出張の方も多く、オーナー企業では社長が亡くなり、会社が立ち行かなくなったところもあると聞きました。

こういう一般人にとっては、真実を明らかにすることが供養である、事故原因の不透明な部分は検証し直す、と当たり前に思えますし、それらの気持ちを汲み取り、細やかに調査して報道するのがマスコミュニケーションに携わる人の使命であり、プロとして当然だと思います。

しかしながら、報道関係者の中で、特にデスクや偉い地位にある人のほうが、見えない何かへの恐れか、自分の損得か、歪んだ忖度かはわかりませんが、報道の精神を忘却の彼方に置き去り、保身が先に立ってしまう、という情けない事態となっているような感じをうけます。

事実、ついこの間もマスコミ関連で前代未聞の出来事があり、私の本の紹介の際、デスクに上がった途端、上司によって、編集者がOKを出した紹介文を改変させられるということがありました。なお、これは批判しているのではありませんので誤解しないようにお願いします。私が言いたいことは、そのデスクの心根とは何なのか、という点に今の日本が抱えるマスコミの深い問題があると思います。

もしかすると、ごく普通の人々が当たり前に言えることすら、批判を恐れて言えないという勝手な自主規制があるのではないでしょうか。

番組制作や記事の編集者は下請けゆえ、本社の人間が責任だけ押し付けられたくない、とか、昔なら当然であったことがいちいち不安になって、何も出来ない上司が増えている、とか、諸々あると思います。

私のところに話をしに来た人たちや遺族の方々は、そういうマスコミに絶望していらしたのです。それを肝に銘じてほしいと心から願います。

この事件に関する毎年の報道といえば、恒例行事のような灯篭流しの映像、風化させないという内容です。また、既存の事故調査報告書は、裁判をしたとしても単なる一方の報告書に過ぎないにもかかわらず、まるでお上からのお達しのごとく、絶対視して、疑いもせず、検証もしない……。

この程度の人達であれば、いわゆる政治屋も官僚も舐めてくるでしょう。逆に彼らと癒着するほうが得と言えますね。

実際にあの日、墜落現場の上野村では必死に遺体収容を行い、医師たちは寝ずに検死を行いました。その時、隣町の軽井沢にて、官邸付きの報道関係者に囲まれて、お食事会やらゴルフ(多少は自粛したそうですが)、別荘ライフを楽しんだ中曽根氏ですが、彼を囲んでいた報道関係者の心根は、一体何だったのでしょうか。この人たちは今、520名の失われた命に対して、どういう思いで生きているのでしょうか。果たすべき役割を忘れていたのではないでしょうか。

報道関係者にとって、無難な内容であたりさわりのない番組や記事は、簡単です。批判されることもありません。しかし、それに何の価値があるのでしょうか。

 

最後にその昔、仕事上でお会いした報道機関のトップから聞いた話を書いておきます。

「その昔は、みな正社員だったこともあるが、責任者はドンと構えて、自分の軸を持ち、たとえ部下が驚きのスクープや批判覚悟の凄い企画を持ってきても、自分自身は決して動揺せず、ある時は会議で寝たふり(部下が話やすく、稟議が通りやすいように)して、部下が渾身の力をこめた作品を世に送り出すともいえる番組を作る気概があった。だけど、今は残念ながら、寝たふりする上司も、ドンとやれという人も減り、つまらない、どうでもいい報道が垂れ流されている、マスコミ全体が政府等の下請け状態か?視聴率低下や雑誌、書籍、新聞などの販売数下落はその業界人の自業自得の結果といえよう」

私たちの心根はどうあるべきか、皆さんと共に、考えていきたいと思います。