「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

31年目の夏 御巣鷹の尾根への誓い

31年目の夏 御巣鷹の尾根への誓い

~墜落前の日航機を追尾中に目撃された自衛隊機ファントム2機の存在を明らかにすることが最大の供養である~

 

 この1年間、読者の皆様、この公式サイトをご覧下さった皆様からの様々な情報や物の提供、ご意見をお寄せ頂きまして有難うございました。

真摯な気持ちで既存の事故原因とは別に、一歩踏み込んだ内容をお送り下さった方々に心から感謝申し上げます。

ただ、出版社に直接来られた方や自説を送付された方の中には、残念ながら偽りの電話番号や住所、偽名もあり、こういった素性のよく分からない方のご意見については信憑性も信頼関係もありませんので一切を破棄させていただきました。何卒ご了承下さい。

 

 今なお私の最大の疑問は、複数の目撃証言のある自衛隊のファントム2機による123便の追尾です。公式記録よりも30分以上も前に、墜落直前まで目撃者がいるこのファントムの存在をなぜ今なお隠すのか、今後はこの一点に絞ってさらに調査をしていきたいと思います。この事実については黙殺されていますが、何もやましいことがなければ、隠す必要はありません。2機が追尾した状況を目撃した非番の自衛隊員もいます。墜落時刻の18時56分よりも前の18時45分の目撃情報からわかることは、まだ日が沈む前に墜落場所が明確になっていた、ということです。

その後、次のファントム2機(ここからが公式記録にある19時01分)が飛び立っています。

何度も書きますが、墜落前に日航機を追尾したことついてきちんと説明してほしい、それがご遺族や関係者の皆さんの気持ちであり、当然のことながら、公式記録と辻褄があわないことを自衛隊関係者に説明してほしいと思っています。

そこで皆様にお願いですが、これに関する情報をぜひお願い致します。

 

さて、7月23日に尾根の整備中に日航社員の相馬裕さんが滑落してお亡くなりになったことは本当に残念でした。相馬さんは31年前の事故当時、香港の空港勤務で私の知り合いの先輩(地上職)で同期入社の方と一緒に仕事をなさっていました。その後、乗員の業務関連の総務などを経て被災者相談室に勤務された、とのことでした。ご本人もさぞ無念だったことでしょう。まさかの事故だったと思いますが、ご冥福を心からお祈り申し上げます。

 

 さらに、7月26日付け新聞記事の「行方不明のマレーシア航空機機長自殺説」には驚きました。それもなぜか米誌(ニューヨーク)にて突然発表されたのです。当のマレーシア政府は全く知らない、提出した覚えもない、と報道を否定しています。その内容は、2014年3月に行方不明となったマレーシア航空機の機長の自宅パソコンを分析したのがFBI(米連邦捜査局)で、模擬飛行装置にその形跡があり「機長が自殺フライトの計画をしていた」という内部文書が出た、とあります。確かにドイツ(ジャーマンウイングス9525便)ではそういう事故もありました。しかし、なぜいきなり米国の雑誌で発表なのでしょうか。大きな疑問が残る記事でした。これは31年前、いきなりニューヨークタイムスで墜落原因はボーイングの修理ミスだと圧力隔壁説と出し、日本側の事故調がまだ調査段階なのに不快感を表明した、あの31年前と似ているパターンだと感じました。

そして続きの記事(8月2日付)として、今度はインド洋で捜索を主導しているオーストラリア運輸安全局の発表として、機長は墜落直前まで機体を不時着すべく燃料切れまで操縦していた形跡がある、と発表しています。つまり、フランス領で見つかった翼の残骸から、最後まで不時着を想定した状態であったとわかってきたということです。しかし、それではFBIによる自殺説は成り立ちません。自殺ならばわざわざ不時着用の操作をする必要はなく、ドイツの前例事故のようにそのまま突っ込んでいったほうが、より一層破壊力が強いからです。パイロットの不時着用操作とはフラップの位置などから推定されますが、そうなると明らかに自殺ではなく、生存をかけた不時着の操作を行ったことになります。つまり、米誌ニューヨーク(電子版)での発表よりも、客観的な事実に基づくオーストラリアの発表のほうが真実に近いということになるでしょう。

 

いずれにしても、31年目の夏に思うことは、墜落前の時刻に、日航機の垂直尾翼の状態を確認しながら横に並んで飛んでいたファントム2機を見なかったことには絶対に出来ない、当時の子供たちの小さな目もそして大人たちの大きな目もしっかり見た、という事実について、明らかにしてほしいということです。それがいつまでもこの事件を風化させてはならない最大の理由です。