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「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

2016年元旦からノーベル文学賞受賞作品「チェルノブイリの祈り」を読む 青山透子

新年を迎え、皆さんはどのような1年にしたいと思っていらっしゃいますか。

元旦早々、ノーベル文学賞受賞スベトラーナ・アレクシェービッチ氏の「チェルノブイリの祈り~未来の物語(岩波現代文庫,2011)」を読みました。皆さんはもうお読みになりましたか。これは政府による圧力にもめげずに、地道に書きあげたノンフィクションの労作です。ノーベル賞とはこういうものだ、という選考委員の矜持と心意気を感じました。

小説という形ではなく、あえてドキュメンタリー風で事実を淡々と描くことで想像力が働き、逆に読む人の心に放射能という見えないものへの恐怖心がこみ上げてきます。

人間は見たくないものを避けてしまう愚かしさがある、しかしながら、敢てそれを克服して全てを直視しなければならない、無知であってはならない、と強く思いました。その無知が生み出す群衆心理のあさましさもしっかりと書かれています。最終的には政治家は自分たちの味方ではなく、己の為に政治家となっただけであり、すぐに保身に走る、そして事実があまりに大きいと思考停止となり誰もが隠したがるようになる。結局、事故の犠牲者となってしまった人々の激しい怒りは未来永劫消えることは無い、そのつらさともどかしさ、滅びゆく肉体への恐怖、そのような人々の生の声を結集した作品でした。

 

ある政治家の妻から聞いた話です。日本で有名な財団が大金を使い、チェルノブイリ事故について詳細に調査をして、その結果を家に持ってきたそうです。そこには、チェルノブイリの事故は大したことなかった、とか、子供達は病気になっていない、とか…そういった報告書の内容だったそうです。それを鵜呑みにする政治家も愚かですが、そういう報告書を書く人々ってどういう人なのだろうか、と改めてこの本を読みながら思い出しました。

恐らくそれは普通の人で、けして特別な人ではないと思いました。例えば東芝の不適切会計の事実が発覚しましたが、それらを実行した人々は普通のお父さん(またはお母さん)だったと思います。JALの倒産の時もそうです。経営者はずっと不適切会計をごまかしてきて、最終的には国に助けを求めて倒産したのですが、その時の役員たちも普通の人でした。経営者にとって都合の悪い人々を排除し続けた結果でした。特に自分の地位やお金が絡む利害関係者の場合、それは顕著です。人間とはそういう愚かな生き物なのでしょう。

ナチスドイツで、ヒットラーの下でユダヤ人虐殺を率先して行ったアドルフ・アイヒマンも実は普通の人でした。戦後、なぜこのような残虐な行為が出来るのかについて、一般人を被験者として実験した米国エール大学のスタンレー・ミルグラム博士の論文によると、誰でも一定の指示があると残虐者になりうる、という結論でした。

気付いた時には本当に遅いのですが、それを自分自身も周りも誰も止められない状況になっていくそうです。さらにお囃子のように、貴方は凄い、偉いとはやし立てる人もいます。それもなんと無責任なことでしょうか。

いずれにしても人間は、ある種の生存本能がそこで作動してしまい、見て見ぬふりをして、自分たちに都合の悪い現実はなかったことにしたいそうです。しかしながら、被害者はなかったことにはできません。

事故の事実はなかったことには出来ないのです。それを冷静に見つめる勇気を持ちたいと思います。

 

追記ですが、色々な情報やご自身で思う事を書いて送って下さる読者の皆さまに心から感謝いたします。また、こちらでも紹介した早稲田大学水島朝穂教授の公式サイトでも、1997年から直言を書かれた中で、アクセストップ3に私の日航機事件についてが2つとも入っておりました。先日、東京新聞で、水島教授の千回記念についての記事がありました。日本国内のみならず海外からのアクセス数が多いそうです。米国でもトランスワールド航空事件のように、元NTSBの方が、引退後に事故ではなかった、と証明したこともありますので、世界的に軍の関与を含めた疑問点の多い航空機事故は実際にある、ということでしょう。

 

なお、この公式サイトへの感想や書き込み位は別として、匿名の書類や証拠がないものは、こちらで責任をもって取り上げることはできませんのでどうぞご了承くださいませ。

例えば、自分で仮説を立てた場合、その仮説を実証する品や目撃情報等がないと、残念ながらそれは妄想だと言われてしまい、どうしても事実の解明にはなりにくいのです。

ただこの事故は事件だと思うその感覚は大変重要です。皆さまと共に地道に事実を積み重ねていきたいと思っています。それは大変困難な道のりかもしれませんが、私はスベトラーナさんに励まされたような気がしました。

今年もどうぞよろしくお願いします。