「日航123便墜落―遺物は真相を語る・天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

日航123便墜落 疑惑のはじまり~天空の星たちへ復刻版

皆様、お待たせいたしました。多くの方々からリクエストが寄せられた青山透子の第一作「天空の星たちへ―日航123尾あの日の記憶」が、このたび河出書房新社より復刻し新版として生まれ変わりました。

「ネット上では中古本の値段が1万円もするので是非出版してほしい」、「地元の図書館では現在の本も今なお50人以上待ちで、天空の星たちへも30人以上待ちです」等々のお手紙や声援にようやくお応えすることが出来ました!

下記が河出書房新社HPです。今月末発売予定で予約受付中となっております。

ぜひよろしくお願い致します。         管理人

 

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「皆さんの声に答えられましたことを心から感謝いたします」 青山透子

この本を復刻するにあたり、先日御巣鷹の尾根にご報告してきました。縁あって私の先輩となられた方々の墓標をなでながら、やっとここまできましたよ、と語りかけてまいりました。澄み渡った青空を見上げると、ピンク色の山つつじと山桜が風に揺られてにっこりと微笑みかけてくれた、そういう気がしました。

 

この新版は、タイトルの「日航123便疑惑のはじまり―天空の星たちへ」の通り、ごく普通の人たちが、ごく普通に疑問を持ち、おかしいなあ、と思った経過を私の授業を通じて皆さんにお伝えしている内容です。発行当初、ご遺族から「私の疑問と学生さんの疑問が同じで、この本を読んだことで頭の整理がついた。有難うございます」というお電話も頂戴しました。

さらに、この本では1985年当時のスチュワーデスと呼ばれていた世代の訓練内容や、日常の風景、殉職された先輩たちのちょっとお茶目なエピソードも多数盛り込まれております。ひとりひとりの顔が浮かぶことで、リアリティが生まれ、共感力をもってこの事件について深く考えたほしいと願って書いたものです。ぜひそういう視点でお読み頂けますことを心から願っております。

当時の訓練における教官の厳しい教育、いざ何かあった場合の対処の仕方と最も重要なエマージェンシー訓練内容、その精神の高さはいつまでも受け継いでいってほしいものです。しかし、現在の状況は労働環境も異なり、そこまで期待することや要望することは難しく、訓練用の教育本も絵が中心となって分量も半分以下です。それに比例して賃金も航空運賃も当然当時とは比べ物にならないほど格安です。時の流れというものでしょうね。

あの日、御巣鷹の尾根で殉職された先輩たちはみな、20代前半から30代前半の非常に若い女性たちでした。既婚者や新婚一か月の先輩もおり、3才の子供もいる普通の女性たちでした。墜落を目前とした機内での毅然とした振る舞いは、乗客の遺書にも[スチュワーデスは冷静だ]と書いて頂けるほどでした。

皆さん、もし自分がそういう環境でいたならばどうしただろうか、と思いながらお読み下さい。そして、この先輩たちは日航側の人間であり、そのご遺族も悲しみを表に出せない辛い日々だった事に、少しは思いを馳せて頂けますと嬉しいです。

墜落原因の不透明さが残っている以上、もう一度きちんと情報を公開していくことが本当の供養であると思います。もしそれを妨げる人間がいるのであれば、それは人倫に反する精神で人以下であり、その究極的理由が自己保身だとすれば、520人の命を軽んじている、としか言いようがありません。

事故調査委員会も、組織優先ではなく、人の道として自分の心に誠実に誇りをもって仕事をしたというのであれば、あの内容がどれほどのものか、その客観性を示す元データの情報を全て公開すればよい話です。過去、様々な当事者からの要望に対して「元データの提示が出来ない」と言い逃れた33年間であった、ということがすべてを物語っているような気がします。

それではぜひ復刻版「日航123便疑惑のはじまり」をお手に取ってご覧くださいませ。

なお、追記ですが、前著の「天空の星たちへ―日航123便あの日の記憶」の電子書籍版は引き続きマガジンランド社より出ております。今回の書籍については、マガジンランド社では継続して紙版の出版が出来ない旨の連絡を頂きましたので、著作権にもとづき河出書房新社に紙の本の出版権を移譲して実現致しました。

下記HPからご予約下さい。関心のある方々にもぜひお知らせくださいませ。

宜しくお願いします。

 

www.kawade.co.jp

 

第二章で登場する重要な人たちの思いとは何か

 

昨年同様、今年もご連絡を頂いた多方面で活躍するいろいろな方々にお会いしている。お話する中で、未公開資料や未公開写真を提示して冷静に話を進め、ご一緒に多くの疑問を考え、事実を真摯に受け止めて下さることに、心から感謝を申し上げる。

ちまたにあふれるような単なる批判からは何も生まれないが、こういう方々と共に実証していく中からは、真実が見えてくる。

拙著の第二章に登場する元運輸大臣山下徳夫氏もそうだった。率直にいろいろな話をした。恐らく無意味な批判をする人ではなく、私と話をすることを選んだ下さった理由がそこにあると思われた。

ご遺族の吉備氏も目撃者の小林氏もそうである。過去、日航123便の本はたくさんあったが、事実を事実として、きちんと受け止めてくれる人で共感が持てるとして、私を選んで下さったそうだ。

信頼関係こそがノンフィクションとして最も大切なことである。その関係性の中で書かれたものがこの第二章であることを十分意識して、共感力を持ちながら読んでくれることを願う。目撃者の事実を安易に捉えることなく、じっくりと一言一言の重みを感じてほしい。

なお、この章のキーワードは「事故原因を追及したら戦争になる」である。

なぜ、ボーイング社の修理ミスと日航側の確認ミスが、戦争になるのだろうか。どちらも民間会社(日航は半官半民の特殊会社)で、どちらも己の罪を認めている後での話である。公表された事故原因で、なぜ戦争になるのか、誰か教えてほしいのはこちらである。特に群馬県警察の県警本部長である故河村一男氏が発したその言葉は重い。どういう根拠でそういったのか?皆さんによく考えてもらいたい。

それにしても中曽根康弘氏は墜落の翌日の8月13日に、米軍のトップ、クラフ太平洋軍司令官に旭日勲章を授与しているのである。和気藹々と和やかな二人の顔が新聞写真に掲載されている。墜落の現場に行かない中曽根氏といち早く墜落現場を発見したアントヌッチ氏に他言無用という指示を出した方が、二人とも楽しそうな笑顔の写真である。

これでなぜ戦争になるのだろうか?その意味を読者の皆さんはじっくりと考えてほしい。

次に、目撃証言を否定する人たちの心根はどこにあるのかを問いたい。

私はこの本を書くにあたって目撃証言をダブルチェックで書いている。

複数の人間が証言した時、それらに繋がりのない、立場も年齢も異なる人の証言は裁判証拠として有用性がある。

例えば、赤い物体も上野村村民、小林氏など複数の人が見ている。

墜落前に日航機を追尾していたファントム2機についても、非番の自衛隊員、上野村村民、目撃情報者と複数いる。

墜落場所不明報道についても、上野村村長、村民が複数、報道機関に自分の村だと伝えている。

見た人間がいる以上、それを否定する根拠を持たない人間は、安易に無責任にそれを批判してはならない。

それからもう一つ。当時の新聞で、発見現場の遅れを自衛隊の怠慢のせいにし、自衛隊がもう少し早く発見出来ればもっと生存者がいたはず、という批判や抗議が殺到した、という新聞記事はいくつもあった。それらの国民的批判に対して、あの時は仕方がなかった、という言い訳を国会答弁の中で山下徳夫運輸大臣もしている。自衛隊幹部もテレビや新聞で、装備の不備や自衛隊員の安全などを理由にして、批判を甘んじて受ける、としている。

しかし、実際にはいち早くファントム2機を飛ばし、まだ飛行中の日航機を追尾し、墜落現場を知っていた。その事実が目撃情報から明らかであり、むしろ自衛隊はそれを発表すればお手柄になるはずだ。自分たちがこんなに早く発見した、ということで日本政府も自衛隊も、国民へ答弁すれば、それは十分称賛に価する。自衛隊幹部も誇らしげに報道すれば良いではないか。

なのになぜ、わざわざ実際に飛行していたファントム2機の存在を隠す必要があるのか。

事故原因が「ボーイング社の修理ミスと日本航空の修理確認ミス」なのだから、なおさら隠す必要性がない。自分たちの手柄として発表すべきだろう。それが出来ない理由があるとしか思えないではないか。

手柄を捨ててまで一晩中不明としなければならなかった、大きな矛盾がそこにあるのも事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

長距離巡航ミサイル導入に意欲的な現在の首相と中曽根康弘氏の発言の類似性

 先日、あるジャーナリストと会談をした際、彼は思わず「まさか自衛隊がそんなことするはずないじゃないですか」とおっしゃった。その根拠を尋ねると、うーんと沈黙された。つまり、誰でも心の中に、まさか、という思いがあって、どうしてもその現状を受け入れがたいという心理が働く。私がヒューマン・リソース、人的資源戦略や顧客心理の授業をしていた時に、よく学生たちと一緒に考えてきた心理である。

「まさか、そんな事は起きないと思っていた」は、重大な事態が何か起きてからでは、特にプロならば言い訳にはならない。一般的なニュースを見ても、例えば「いつもおとなしいあの人がまさか殺人者とは」、「一家で仲が良さそうだったのにまさか親子で殺し合いとは」とか・・よくある近隣関係者へのインタビューの会話である。

まさかという「魔の棲む坂」を登って冷静に上から見てみると、下からでは見えてこない何かが見えてくるのである。

さて今回は、第一章で重点的に読んでほしい部分を取り上げる。

今日において防衛費が膨張し続けている中で、現在の安倍首相は長距離巡航ミサイルと一基約1千億円の陸上配備型弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」2基導入を検討しているそうだが、この話は実は1985年8月7日の中曽根康弘元総理大臣の言動と非常に似ている。日航123便墜落の5日前、防衛庁(当時)は地対艦ミサイル部隊新設と地対空ミサイル部隊の新型パトリオットミサイルへの切り替えを国防会議で公式に報告した。

昭和61年度から5ヶ年計画(防衛力整備計画原案)の抜粋は次の通りである。

 ①北方重視の観点から陸上自衛隊の師団改編を行い、地対艦ミサイル部隊を新設する

 ②P3C対哨戒機を百機体制とする

 ③地対空ミサイル部隊は旧式ナイキからすべて新型パトリオットに切り替える

(1985年8月8日付毎日新聞

中曽根首相(当時)の「海空重視」論に沿っての防衛計画に示された防衛水準の達成を期する内容であり、この5年間の防衛費は19兆円と見込まれ、対国民総生産(GNP)比1%枠の突破は必至であると書かれている。

シーレーン防衛強化を打ち出し、昭和62年度に開発完了の地対艦ミサイルSSM-1を導入し、焦点となる新型艦対空ミサイルシステム護衛艦調達について、洋上防衛全般の検討研究、期間内導入を目指し、地対空ミサイルは新型パトリオットにすべて切り替える、という記事である。しかしながら、日航123便墜落の後、急にトーンダウンして、ミサイル導入計画が先送りされてしまったのはなぜだろうか。専守防衛の範囲を超えるとの批判からか?それならば、その批判に答え、それでも導入をすると語っている。さらに、その後、制服組よりも背広組(内局)の機能強化を打ち出し、人数を増やすと言ったのはなぜか。(拙著P66)

 中曽根首相が1985年8月7日に最新ミサイル導入をぶち上げたその5日後、「まつゆき」の公試中、まつゆきからか?ほかの場所からか?何等かの赤い物体が飛び出てしまった、とすれば、普通に考えても、辻褄が合う。何等か新型のものを試運転中、プロモーションの最中に「まさか」が起きた、とすると、全て繋がってくるのではないだろうか。

拙著の第1章の中曽根氏の部分ををもう一度読んでほしい。

 そこで私が最も危惧することは、何か起きた際、まさかでは済まされず、その結果についての責任の所在である。当時を振り返って中曽根氏は、日航123便墜落に関して次のようにご自身の著作物で述べている。

「あの時は官邸から米軍に連絡を取らなかった。しかし、恐らく防衛庁と米軍でやり取りがあったのだろう(中曽根康弘著、戦後日本外交史より抜粋)」

これを読んで皆さんはどう思われるだろうか。

あの時、日航123便墜落について、もしもその理由が「まさか」であっても、この国の政治責任者は首相だ。

当然のことながら、自衛隊の上に防衛大臣、首相がいて、内閣がある。念のため、防衛省の組織図をご覧頂きたい。下記HP

http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2014/pdf/26020202.pdf

 

中曽根氏は、当時、自ら自分の置かれた立場や役職、そして自分の存在意義を否定し、回避し、知らんぷりという姿勢を貫いたと、自ら語っているのである。この時の中曽根氏の姿勢や行動こそ、今も脈々と続いている政治の無責任な体質ではないだろうか。

これほどのことを堂々と書いたということは、御本人が総理大臣として無自覚だったのか、余程の無知ということになる。長い人生の中で間もなく100歳となろう方が、さらにご立派な勲章を頂いた方が、520名の死をどう考えているのか。戦争でもない1985年に自分がとった行動を、自ら深く反省しなければならない理由がそこにある。

 

第一章に書いた私と故山下徳夫氏との会談で、次のような雑談もした。

「何かの功績をしたから、別の罪が軽くなるなどはありえず、それは刑法上当然のことです。また、墜落場所の上野村のために、多額の固定資産税が落ちるように神流川発電所を作り、その維持運営という理由で御巣鷹の尾根への道路を整備し、トンネルを作ったことで遺族が慰霊に行きやすくなった、ということと、自分の犯した罪が消えることは別です。自衛隊が多くの災害活動で活躍したからといって、誤って罪を犯したとするならば、その罪と相殺はされません」と。

山下氏は十分納得されて聞いておられたのを思い出す。そして、それを語れる貴女に会いに来た、という感じであった。数多いメディアやジャーナリストの中で、私にお会い下さった理由はそこにあるのだろうと勝手に思っている。

私がその昔、学芸コンクールの文筆部門で賞を受賞した際、首相官邸にて授賞式の際にお会いしたのは三木武夫首相、永井道夫文部大臣で、その写真もお見せした。

あの時、受賞者全員の前で三木首相(当時)はつぎのように話された。

「あなた方受賞者たちは、芸術という武器でぜひ日本の未来を変えてほしい。ペンや彫刻刀、音楽などを武器として、本物の武器ではなく、その才能で国際平和と日本のために頑張って下さい」

 まさに、ペンは剣より強し、である。そして、ペンを権力への迎合のために利用してはならないという戒めである。

 山下氏の他にも、随分前になるが池田隼人首相夫人の池田満枝氏(お家の応接間にあった5メートルぐらいの長細い大テーブルが印象深い)、秘書の木村貢さんにはよく自転車会館にてお会いした記憶がある。さらに大平正芳氏、増岡博之氏、加藤紘一氏、谷垣禎一氏(自転車で落車?でリハビリ中)、安倍洋子さん、安倍晋三夫妻にもお会いしたことがあるが・・・。

官僚の中には優秀な人もいるが、どちらかというと省庁間の都合や自分の出世を優先させて、その視点から物事を考える癖がついている人が多い。その際は関係者やマスコミに正しい情報を与えず、自分たちの都合の良いことのみを伝える。さらにオ〇〇の軽い神輿を担ぐことが一番良いと思い込んでいる人もいる。

損得を越えて先行きを憂いて、現在の体制に物申す人間がいなくなった国は、独裁国へとなり下がるのは世の常である。

人間の陥りやすい権力志向(いわゆる首相や官僚、警察などの組織)の人やそれを安易に担ぐ人も「まさか」が起きると同罪となる。いくら自分たちの所属する組織を守ったからと言って、結局のところ、最終的な結果は担いだ個人についてくる、ということを肝に銘じていかなければならないのである。そして最も重要な点は、そういう自分を好きになれるか、そういう生き様を肯定できるかである。〇〇の為だから、〇〇を守るためだから、大事の前の小事、という理由は、偽りの心の慰めにしかすぎない。究極の自己愛でそう言い聞かせても無駄である。そう思いながら、もう一度第一章を読んで頂きたい。

青山透子

 

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2018年1月23日の草津白根山噴火の際、訓練中に負傷、死亡者の出た陸上自衛隊の相馬が原駐屯地の部隊は、1985年8月12日の墜落後、夜間に最も早く御巣鷹の尾根に向かって出発をした偵察隊のある部隊である。心からご冥福をお祈りする。

 

2018年1月26日、戦後の大物政治家の野中広務氏が92歳でご逝去された。ご自身の戦争体験をもとに、憲法改正に反対の立場から発言を続けた筋の通った方だった。哀悼の意を表したい。 

 

 

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 管理人です。

皆様からのメールや新年のご挨拶、お手紙を有難うございました。

その一部をご紹介します。

 

「(略)新聞広告欄を見てこの本の存在を知ったものの、また誰かが興味を引くためにいい加減なことを書いているのかとしか思っていなかったのですが、たまたま読みたい本を探して本屋に入り、書棚でこの本を見つけ、数ページを読んで、これは実際に足を使って取材した証言をもとに書かれた本であると気づき、その内容に驚愕しました。(略)この本に巡り合えた縁に感謝しつつ 合掌」/僧侶の方からの手紙

 

「~非常に重要な書籍であると思い、その気持ちを伝えたくて手紙を書きました。(略)頭脳の明晰さや洞察力の鋭さを感じるとともに決意や信念の強靭さも感じました」/内科医師からの手紙

 

「私たちの疑問に答えてくれた内容に感謝します。元パイロットで、貴女の本を批判している方は、事故当時はアジア航空に出向中で、いつも夜の宴会ゲームに興じてたようだが。御巣鷹の尾根の整備や草取りにも行かず、いっぱしのコメンテーターとはちょっと笑える話ですね。さすがにあの本の書評を書く人はいないでしょうから、必死に自分の経歴を自慢して某週刊新聞に売り込んでいるようです。今年も8月12日のコメントを言わせてくれと、ディレクターに自分で自分を売り込むしかない様子です。情けない」

日本アジア航空ハ〇ン〇宴会部長

 

日航の社長交代が新聞に出ていました。六二(ロクニイ)入社の赤坂祐二君になったそうですが、青山に対して赤坂とはなんとも面白いゴロ合わせだね。赤川だったらもっと面白い。社長就任に際して85年の日航事故の衝撃について語っている記事だったが、しかしながら、当然、入社すると決まっていない2年前の出来事であるわけだから、一般の人と同じようにテレビの報道で知った程度であろう。つまり、実際にあの時、内部で整備の苦しみを経験していたわけではないから、彼がどこまで、どれほど知っているのかは大変疑問です」

元整備関係者

 

いろいろと情報を頂まして有難うございました。

 

 

 

 

 

 

新春のお慶びを申し上げます 新春増大版 青山透子 

新年いかがお過ごしですか。今年は読者の皆様と一緒にさらに次のステップを目指していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

さて、新春のお年玉企画として、さらりと読んだだけではわからない(せめて4回以上は読んでほしい)ということで、見落としがちな注釈に注目して解説していきたいと思います。

●まず序章から~

序章の注釈をじっくり読んでみてください。いろいろと面白いことがわかってきます。

その中で、注3に注目!

皆さんは事故調査報告書を英訳して海外の専門家に読んでもらったことがありますか?

何のバイアスもかかっていない外国の専門家(複数です)が、日航123便の事故調査報告書を普通に読んで、当たり前にコメントした内容をご紹介します。

「このような報告書に日本人は納得しているのか?不思議だ」

「遺体に関する描写が即死で終わっており、520名の死の持つ重い意味が全く伝わってこないひどい内容だ」

「後部圧力隔壁を自衛隊員が調査員が調査する前のごく早い時に、エンジンカッターで5分割に切断したあとに繋ぎ合わせたにもかかわらず、そのときの強い振動で入ったヒビの部分と墜落で生じたヒビをレプリカで電子顕微鏡で見て明確にわかるという詭弁が書いてある」

「数式での表示の羅列はそれだけが独立して書かれ、それが正しいという結論を無理やり導きだしており、現場状況、目撃情報、遺体状況との整合性がつかない」

 

まだまだありますが、あまりにも事故調査報告書にお粗末な部分がありすぎて、一応ここまでとしますが、ある一定の思惑をもって書いた資料というものは、ボロボロとほころびが出てくるものなのだ、という点を理解してほしいと思います。

実は注3に少し書きましたが、ご遺族が多くの外国の専門家に英訳した事故調査報告書を見せました。まさに執念で、何度も各方面の教授たちに真実を求めて話をしてきたのです。

そのうえで、日本の事故調査報告書の誤りを指摘し、それを書いた当事者に面談を申し込み、直接ぶつけてみようと試みたそうですが、避けられたといういきさつがあります。それも米国では考えられない、ということでした。遺族ですら無視されたのです。

そのような中、2009年、財団法人全米航空被災者同盟(National Air Disaster Alliances/Foundation)で日本人として初の航空安全賞〈2009年3月11日〉を日航123便のご遺族(8.12技術部会)が受賞したのです。生存率を上げるため、遺体状況から分析をしていった取組みが認められました。

なお、NADAのホームページには、なんとミサイルで狙われている飛行機のイラストが出てきますのでご覧ください。

National Air Disaster Alliance/Foundation

この財団では、事故原因の不透明さや遺族の疑問を解決する手段として、上院、下院議員を増やすという目的を持ち、ささいなことでも何でも資料を提供し、みんなで解決しようとする姿勢を掲げています。今、私たち日本人もこれに学ぶ必要があるのではないでしょうか。

科学的な根拠を持ち、事故原因の不透明さを政府の発表を鵜呑みにせずに自ら解決する場として存在しており、報道各社のメディアと問題意識を共有する姿勢がわかります。こういう場があるからこそ、ご遺族の心は救われるのだと思います。

近年、異常な自主規制の意識を持つ人が多いですが、心の中にある自分の恐れにとらわれず、これだけははずしてはいけない、これだけはやらなければならないという正義感を持ち続けたいと思います。

新年、ご遺族の方々などから手紙を頂戴しました。そのほんの一部をご紹介します。

 

「青山さんの本は私たちの心の支えです。敬意を表し心から感謝しています」

「私は、元メディアの人間だが、某局や東〇新聞、〇ンケイに、航空機関連のコメントで優秀で良い人材がいるにもかかわらず杉江にしろと言われてまいったことがある。まさに御用コメンテーターだ。事故調の都合の良い事しか言わない」

「高浜機長が酸素マスクをつけずに操縦した、とか、機長らの行動を批判して、自分なら、このように行動したとの杉江氏の主張は、死亡した機長らへの誹謗、中傷であって、再発防止との名目による「死者への鞭打つ所業」に他ならない。必死に活躍した先輩パイロットへの尊敬の姿勢が少しも見られない」

過去に河村群馬県警本部長は、隔壁破壊説に異論を提起し、自衛隊政府の関与を主張した「角田氏」「吉原氏」「藤田氏」らに電話で攻撃し、脅迫し、出版会社に謝罪文を掲載させたと自著に自慢げに書いている。河村本部長と会ったと自慢し、それを擁護する杉江氏も又この流れを汲んだ行動であり、隔壁破壊説を信奉するだけでなく、政府、自衛隊の関与を提起した青山氏、池田氏を誹謗、中傷して出版することは 許されない。これこそ、犠牲者、遺族に更に大きな悲しみ、苦しみを33年後にも投げ掛ける行為である。杉江氏の言動は遺族の心情を踏みにじる行為だ。私は決して許さない

なお、もし河村氏がそのような行為をしたのであればそれは明確な犯罪行為です。

法曹関係者に聞いたところでは

「河村氏がご遺族に「米国と戦争が起こる」とか「米国に殺される」といって口封じをしたとか、異論を書いた出版社に謝罪文を書かせたとか、電話などで攻撃したということがあったのであれば、これは完全に強要罪や脅迫の罪です。ましてや司法警察員もしくは過去にそういう地位にあったわけです。これはタダでは済まされません。また運輸省で「私は東大法科の出身です(そういうことをやっても無駄ですよ)」と言った人間も権利乱用、明らかに不当威迫です。少しでもこういうことがあった被害者は表にすべて出しましょう」

ということです。

日本航空について有識者より

日航の社長以下の人間に対して、政府もしくは公務員から、事故原因に対して隠蔽を計るように強要や脅しがあって彼らがそれを行ったのなら、日航の責任が阻却されます。真の事故原因は政府が作出したのであって、「隔壁破壊」というでっち上げの罪を被らされたことになります。大株主であり監督官庁であれ、人としても許されません。日航への冤罪です。」

 

それから補足ですが、目撃証言の重要性は当然のことながら裁判で証明されています。

警察では事件が起きた際、最近は防犯カメラに頼っていますが、当たり前に目撃者を探します。目撃情報を得るため現場100回であらゆる人たちにあたり、それを証言してもらうことは捜査の基本であり当然のことです。それをどこかの御用コメンテータ―は「目撃証言はあてにならない」といった否定でただ無意味に批判していますが、それは警察の行動を否定していることにつながります。

今回の著作では、群馬県警の仕事を私が代わりにしたようなものですが、それを否定するならば警察の仕事を否定し、目撃情報など必要なし、ということになります。

そこのところどう考えておられるのか、目撃者の言う事を否定する人に直接聞いてみたいものです。ぜひお会いしたいと思っていますが、いかがでしょうか??

 

それから、杉江氏の言うことはすべて疑ってかかれ、というアドバイスも署名付きで関係者から頂戴しました。そのほんの一部を出します。

相模湾に沈んだ垂直尾翼の捜索、回収の放棄(事故調の能力、権限の低さ)今からでも遅くはない、海底捜索と引き揚げを行うべきである。と杉江が書いているが要注意である。⇒ この提起は極めて異例。然し事故直後に自衛隊残骸を日航手伝わせ、隠蔽した自衛隊が重要な証拠である相模湾海底の残骸を放置しておくことが考えられない。若し、相模湾から、残骸の捜索して、自衛隊残骸が見つからない時には、政府、自衛隊は 「事故原因は 隔壁破壊説が立証された」と居直る根拠になる。即ち、政府、自衛隊による罠なのである。要注意である!!」

 

なるほど、そういう罠もあるのですね。

どうせならば、杉江さん自ら自分のお金で引き上げたらどうでしょうか。

この公式サイトもご覧になっているようですので一言お伝えしておきます。

あんな便乗商法の本ではなく正々堂々、どうぞ出版社にご連絡下さい。お待ちしております。

そして、その時の会話は新春特番として、読者の皆様に全てを公開します。

但し、相手が応じた場合ですが・・・恐らく逃げるかもしれませんね。

 

さて今年も皆さんからの鋭い指摘と温かいご支援、多くの情報をお待ちしております。

ご遺族の心に穏やかですっきりとした時が訪れるように、皆さん頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年出会えた皆様に心から感謝します  青山透子&サポートチーム

多くの皆様からの感動のお手紙、ご遺族からの温かいお言葉、出版社への感謝の言葉も頂きまして本当に有難うございました。数々のお心のこもった読者の皆さんからの言葉に励まされる毎日でした。

おかげ様で大変多くの方にお読み頂き、心から感謝いたします。このブログも述べ40万人以上の方にご覧頂きました。数々のアドバイスや応援、貴重なご意見など頂戴し、本当に感謝しています。

新聞、雑誌、専門誌等の書評で取り上げて下さった作家、ジャーナリスト、芸術家、美術評論家、大学教授等、各界の有識者の皆様にも心から感謝申し上げます。

特に「論理的に構成された本である」、「仮説に基づき、粘り強く証言を集め、丁寧に分析し、事故調査報告書より、よほど論理的に事故の原因に肉薄している」といった書評もいただきました。

今年この本を世の中に送り出して本当に良かったと思った次第です。

現代の世相を反映して見るに、原発事故後再稼働問題、森友・加計問題、大企業の様々な隠ぺいの実態も浮彫となり、私たちはあの東日本大震災を経験したからこそ、これらの事実の隠ぺいもありうる、という恐ろしさを実感し、政治、官僚のみならず様々な利害関係者による無責任さも知りました。

この本は、注釈や補足説明の部分も含め、何度も読み返してほしいと願います。その過程で、一度読んだだけでは気づかなかったことも気づき、はっとする瞬間があるはずです。皆さんの読解力に期待します。

新年はこのサイトにて、表層的ではない読み方のための解説を行いたいと思います。

青山透子はこの本の中で、他人の批判などは一切書いておらず、むしろ論理的に必然的に事実を分析して、その結果得られた可能性を示唆しています。

誰もが当たり前におかしいと思い、当然のことながら、変な点がこれだけあるということがわかるように書き進めていることは、通常の読者ならばすぐ理解出来るはずです。解説では、ごく一般の方がわかるようにポイントを押さえてお伝えしていきますので、それをもとにして真っ白な新鮮な気持ちで何度もお読み下さい。

 

なおこれは公式サイトですので、ここに寄せられたコメントは、青山透子サポート倶楽部の弁護士や出版関係者、ボランティアサポートチームも目を通しております。その中で厳選して出しておりますのであらかじめご了承ください。

それでは、今年の多くの出会いに感謝し、来年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

 

レッテル張りとご遺族の苦悩  青山透子

良識ある10万人の読者の皆様へ 

32年間、世間の風が事故原因究明に向かないよう、不都合な事実が出るとすぐレッテルを張ってプロパガンダ、つまり特定の意図をもってそちら側に向かないよう誘導するやり方で、再調査がしたくても出来ないような風潮を作り上げてきた人たちがいます。そういう人間は、自分たちの不都合の為だということを言わず「陰謀説を出すとは遺族を苦しめることだ」「感情論に過ぎない」「情緒的で証拠がない」という言葉で事実を否定し、卑怯な手段を講じてきたと思われることが多々あります。いくらごまかしても、その人自身が犯した罪が消えることはないのに、その理由を遺族のためだからとは茶番です。

私と同じように毎日国会図書館に通い、発表された32年間の資料の経糸と横糸を結び付けて考えていくと、誰もが普通におかしいと気づきます。批判している人達はやってみてください。私もそうだったように、だんだんと疑問と持ち、その矛盾に気づくはずです。

それをせずに、批判だけするということは何等かの作為的な悪意を持った人と言っても過言ではないでしょう。

 不都合な事実を抱えた当時の関係者たちは、常にご遺族を苦しめてきたのです。私の所に寄せられたその生の声をお聞かせします。

 

「事故遺族として、520名の犠牲者が、どのような理由、原因で殺されたのか真実を明らかにして、それを犠牲者の霊前に供えるために地道に活動をしてきました。

そのためには 国民の皆様方の理解と応援が必要だと即ち世論の喚起、応援が必要なのです」

 

良識ある読者の皆さん、どうぞ味方になって下さい 

事故原因再調査を願う遺族が、たった1人でもいる限り、私たちは常に彼らの味方にならなければいけないのです。

心からの応援を宜しくお願いします。

なお、まだまだたくさんの声が届いておりますので、その一部を紹介します。

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「叔父は元群馬県警のOBですが、当初は本屋に青山さんの本があったら、隠すために昔の同僚と一緒に買い上げたと聞きました。今さら変ですよね。ネット社会なのに。叔父も本当のことはわかっているようです」

 

「杉江という人のぺらぺらの本、ペラペラめくってみたけれど、過去の本の焼き直しばかりです。昔の古いジャンボ機にたくさん乗ったから、ボーイングから表彰されたというのが自慢の人ですね。だから不利な人達を動員して買わせたら数も見込めると出版社も思ったのでしょう。青山さんの本が10万部超えて、隠す側に余程焦りがある。立場の悪い側の人間は、このまま事が進むことに居ても立ってもいられなくて杉江に書かせたのでしょう。火消本どころか結果的に火に油を注ぐ役割、というところでしょうか。

メディア関係者」

 

「慶応と産経について、誤解があるようなので・・・

・場違い突然で失礼します。産経新聞と時事新報は合併しましたが別物です。慶應法学部教授だった板倉卓造主筆兼社長までが本当の時事新報。板倉は、その主義は異なっても社会主義者大杉栄を理不尽に虐殺した憲兵隊の仕業を暴いて追及し、憲兵隊の脅迫を受けたものの怯まなかった(甘粕事件)凄い人でした。まるで、青山透子さんみたいです。

なお、慶応の本流ならば上記のことは皆さん知っていることで、今のフジサンケイとは全く無関係ですからご注意下さい。だから、最近の本の傾向やサンケイ新聞のへんな保守系論調に迷惑しています。

福澤諭吉の弟子」

 

「青山さん 本当に感服しました。今の世の中、まれにみる良著です。あっぱれ応援しています。

ネット上で貴殿を批判する人は、そのほとんどは一般の読者ではない。すなわち当時の自衛隊関係者や防衛庁運輸省、外務省等々、事故調査委員関係者?これは、ちょっと発信元がばれたら大変だから無視だろう。それから、そこからお金をもらっている人や世話になった人、武器開発に立ち会った技術者たちの所属する会社(〇菱系、〇立系、〇芝系)、上野村御巣鷹の尾根の直下に急にダムを造らされた〇電(神流川発電所)、群馬県警等々かなあ。あながち間違っていないと思う。意地になって書いているのは数人でしょう。なりすましも多いからねえ。特に50代ぐらいの背の高い、がっちりとして体格のよい男性とか、貴女の本に参考文献として載せてもらえなかった最近の変な本で名前が出ている人とか、でしょうね。

海外も含め、政府関係者や内外に幅広い交友関係を持つ貴殿なら、損得ではなく友人として、またご先祖さんからの長いお付き合いの仲間として、ありとあらゆる人が支えるでしょう。年寄になればこわいもんなしですから。

花咲じいさんより(これは孫に書いてもらいました)」

 

「貴女の本を読まずにネット上で批判してすみませんでした。あれから、心を入れ替えました。ヘイトスピーチも、お金に目がくらむことも、インサイダーも、原発推進も、全て悪い友達に誘惑されたことです。上から目線の愚かな人たちです。

毎日、好きなパスタを食べながらも、ITUMOHITORIで心にわだかまりもあります。

あるベルギー人からの手紙」

 

「杉江弘は8月13日に前日の全日空の事故があってフジテレビの昼バラに出ていたよ。そこで派手に「日航123便は減圧があってクルーは朦朧としていた」とぶち上げた。本を急いで出したのは、赤恥かいた自意識過剰の苦しい言い訳と腹いせだよ。これであの人もおわりだね。」

 

「貴方のことを全く知らないひとが、勝手にでっちあげのプロフィールやら、すっちーだから〇中の元カノとか、あほなことを書いていますが、うそ書いたひとを特定して表に引っ張り出し、名誉棄損で訴えてやりますか?この分野は得意です。いつでも力になります」

 

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繰り返しますが、どうぞ皆様、再調査を願うご遺族の味方になって下さい。

人は共感力があるからこそ、人として相手を思いやり、理解を深め、信頼関係を築いていけるのです。私はペンを握り文章を書く者として、ノンフィクションの原点として、それが不可欠だと思っています。

心からの応援をどうぞ宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

便乗商法本について   青山透子です

あるご遺族から、便乗商法まがいの品格のない本が出回っているとの情報が寄せられました。そのご遺族は、真摯に事故原因を見つめ直そうと再調査を願う人を陥れるために、いつも御用コメンテーターなどが出てきて事故調の報告を擁護してそれがすべて正しいと錯覚させる、と語っていました。

もう一度お伝えしますが、事故調査報告書のデータ表示、書いた内容そのものの信憑性を疑ったのは群馬県前橋地検で、担当検事がそれについて遺族会の前で明言しています。その結果不起訴となったのです。

つまり、裁判にならなかったために、事故調査委員以外の人間がブラックボックス(FDR,CVR)の中をのぞいたわけではないし、正式に情報公開されていないのです。従って、彼らが書いているものをそのまま鵜呑みにしていること、それ自体がおかしいのでは、ということから、そのズレを、複数の目撃者から指摘して追及したのが本著です。

この御用コメンテーターが生のデータを直接見れるはずもなく、ましてや杉江氏は御巣鷹にも行っていないのでしょう。

 さらに、ご遺族にインタビューしたわけでもない人間にとやかく言われる筋合いはありません。

この点について、ご遺族からの怒りの声を載せさせて頂きます。これはご本人の了解を得て一部を掲載します。

「元日航パイロット::杉江 弘氏の「JAL123便墜落事故」宝島社、2017.12.22 1,500円 の本が出版されました。(買うまでもない本で)立ち読みですが、貴方の「青山本」は妄想だと決めつけています。パイロットは技術者でなく、運転手です。事故調査には全くの素人で、これは日航と話をする際、出て来るパイロットと議論すると直ぐに分かります。その他「謀略説」は100%有り得ないとか再発防止策が急がれるとか、全く漫談です。しかも、事故の真実は明解に特定していません。事故原因が分からずに再発防止とは理解不能です。目撃証言の重要性を杉江氏、日航、事故調は無視しています」

 

表紙の色トーンも文字の配置も私の本と似せてあるそうで、間違って手に取って買ってもらおうという魂胆が見え見えの便乗商法まがいに驚いたとのことでした。昔、同じ会社で、ご一緒にフライトをしたかもしれない(かなり年代が違いますが)元キャプテンともあろう方が、そういう本を書いたとは、がっかりしました。

他の記者さんやジャーナリスト、元機長の方々は、先ず出版社にご連絡をいただき、直接お会いして未公開資料などもお見せし、話をするのが通常です。同じ会社にいた者であればより一層自然な流れです。さらにペンを握るものとしての道理であり、筋道でしょう。

それをいきなり、暗闇の後ろから出てくるようなやり方で出版されたことに、品のない振る舞いを感じざるを得ません。それともその裏で何か〇馬方面からの取引やら、魂胆やら、または便乗売りを狙ったのでしょうか。

 

慶応のOBからも次のような手紙が届いておりますので、その一部をご紹介します。

「この杉江とかいうジイさん(おっと失礼)、四年制大学を出た飛行機乗りという昔を引きずって、いまだ有頂天なのだろう。慶応卒が本当なら団塊だろうから法学部の永沢塾長時代。操縦桿をペンに握り変えてみたものの「ペンが剣力(権力)に屈した」輩ゆえ、永沢塾長も福澤先生も嘆いておいでだろう。

古い塾員より」

 「青山さんのご先祖は福澤先生の下で創立時に塾の教鞭をとられていたんですね。偶然に福澤文庫で見つけました。ところで、天皇陛下の教育係だった小泉信三塾長、その息子さんの信吉さんは海軍主計でしたが戦死されました。ご存じでしたか? 百歳になる群馬県高崎の主計お大尽も死ぬ前に全部喋ればいいのにね。

慶應義塾塾生」

 

日航関係者からの声も書いておきます。

「青山さんの本、感銘しました。本に書かれた事故当時の日航上層部の動きは事実です。私もはっきり「外部犯行で米軍」と言われて口留めされました。仕事をスムーズに運ぶために、最低限の人間は知っている必要があったので、当分その後の部員にも引き継ぎました。出所は判りませんが、今考えれば方便に米軍とした方が諦めの心情から、説得と納得に収まりが良かったのでしょう。この事が世に出るのはもっと先と思っていました。元社員として自らの責任を感じます。拝 

32年経ち、時効も過ぎ、今さら隠す必要などこれっぽっちもない。これもぜひ出してください。

日航広報部OB」

 

最後に、日本ペンクラブ会長の吉岡忍氏による拙著への書評の一部をご紹介します。

この言葉に私自身、身が引き締まる思いでした。

「(略)長い歳月、闇のなかの事実を探った著者の執念にどう立ち向かうか。読者の洞察力が試される本である」

 

皆様の洞察力に心から期待します。