「日航123便墜落の波紋ー天空の星たちへ」公式ブログ

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子が、事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクション

ならぬことはならぬものです―会津藩士の言葉から学ぶ 青山透子

ならぬことはならぬものです―会津藩士の言葉から学ぶ

 

今年の8月12日の日航123便に関する報道は例年とは異なっていたのを皆さんはお気づきだっただろうか。

まず、各局のテレビ報道では、今まで枕詞として当たり前のように「墜落原因は後部圧力隔壁破壊による」と言っていた言葉が全く出てこなかった。むしろ、事故時の映像として、墜落現場で朝まで燃えている炎の場面をクローズアップしたり、機長のボイスレコーダーの声とともに、生のボイスレコーダーの映像が出たりした。これは34年目にして大きな進展であり、大変重要なポイントである。

新聞報道では、大手新聞は例年通りの精霊流しや登山風景だったが、墜落現場の群馬県の上毛新聞は気骨溢れる記事であった。特にシンポジウムを行った翌日の2019年7月17日付では、「再調査」という文字が34年目にして見出しとなり、その内容にも自衛隊という文字が入って画期的であった。群馬県の新聞としての責任と義務の現れであろう。さらに14日付では、赤坂日航社長と再調査を求める遺族の談話もあり、「事実見直し続ける努力をし続ける」として追加記事が出ていた。これは大変重要なことである。ただ、記事の中で赤坂氏が「相模湾はとても深い」と語っていたことが驚いた。水深160メートルは、深いのか?その認識が技術者とは思えないが、知ってて知らぬふりなのだろうか。念のため、東京タワーは333mとされているが、その半分の深さ、つまりとても浅いのである。

残骸のある所は水深160m、これぐらいは覚えておいてほしい。念のため相模湾で発見された日航機残骸のニュース映像をリンクしておく。

この引き上げについては、また別途記述する。

123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年

各紙に共通だったのは、8.12連絡会事務局長のコメントだけではなく、他のいろいろな遺族の談話を掲載しており、その中で事故原因は後部圧力隔壁破壊という話や事故原因の説明も出てこなかった。ただ朝日新聞のみが、子供相手のような説明記事で、この枕詞を使用していた。しかも、私の新刊本広告が出ている同じページのちょうど上にその記事が出ていたのだが、これは日航123便とは何か、とわざわざ説明して下さったのか、はたまた事故原因は後部圧力隔壁破壊ですよ、と強調したかったのかはわからない。ただ、こちらがお客様としてお金を出している広告の上にその記事をもってきたのならば、せめて、この事故原因では不起訴となって、いまだに犯人はわからない、と説明を加えたほうが子供に正しい情報が伝わっただろう。それでこそ客観性がある報道、というものである。

それにしても34年間、すでに場所がわかっている相模湾に沈んだままの残骸の引き上げや再調査を拒み続け、マイクロフィルムで保存している当時の資料を開示しようとしない国土交通省外局の運輸安全委員会の存在価値は何だろうか。自説(事故調査報告書)への裏付けとなった資料を公開したくない、ということは、そこで書かれてものは偽りの報告書ということになる。

私たちは「ならぬことはならぬものです」と強く言い続けなければ、真の空の安全などは保てない。空の安全とは、この問題を解決してこそ、安全といえるのである。

 もう一つ、ならぬことはならぬ、パイロット飲酒事件が起きた。

今回の飲酒事件の顛末は次の通りである。赤坂社長が御巣鷹の尾根で「飲酒問題に陳謝する」会見した2日前の8月10日、鹿児島発羽田行の日航副操縦士からアルコールが検出されていた。しかし、12日の会見ではそのことには一切触れなかった。

これは日本航空の危機管理のなさと不誠実さが暴露された事件である。8月12日に赤坂社長が神妙な面持ちで「皆さまに、日航、何やっているんだ、と言われないように飲酒問題は解決しなければいけない最大の課題」と語っていたが、その時すでに新たな飲酒問題の発生があったにもかかわらず、その場で語らず、謝罪もしなかった。

社長ご本人の弱い気持ちや恐怖心がその言動を止めたのであろうが、それはむしろ逆であり、不誠実さを暴露したようなものである。あの場で言えないような人は社長の器ではない。誰が止めようが、きちんと説明できないような人は隠蔽体質が身に沁みついていることになり、その表情には指導能力の欠如が感じられた。

なお、この報道内容が各紙バラバラであったことも、日本航空の広報が全く機能していないことやその内部体制のお粗末さも暴露した。

日航は、発表が遅れた言い訳として「副操縦士のアルコール摂取について2日間、確認の作業をしていたから」という子供のようなことをコメントしてきたのである。今時、2日間も確認するほど、鹿児島は遠い地なのだろうか?自社便で行けばすぐだろう。

新聞各紙では、①その副操縦士が立ち寄り先の居酒屋で飲んだのでその確認、というのもあれば、②昼食にホテルでボーイに出されたコップの中に、水ではなくお酒が入っていたのを誤って飲んでしまった、③ホテルの部屋で、前夜自分が購入した日本酒を乗務前に水と間違えて飲んだ、というのもあった。

驚くべきバラバラの理由である。これはいったい何の現れであろうか。

統一されていないのはそれぞれが情報源に取材して日航側が適当に伝えている、つまり広報がまったく機能していない、ということである。さらに、社長は会見を避けて逃げた、ともいえる。

誰が水と酒を間違えて飲み干す人がいるだろうか。54歳の男性が水とお酒の区別もつかないほどであったのか?しかも乗務前に、である。これは恐らくアル中(アルコール依存症)と同じで、自制できない域に入っているのでないだろうか。操縦かんを握る手が震えるから、仕事に不安を覚えるから、気を落ち着けるために一杯飲んだ、というのならば筋は通る。

これが今の日本航空という会社の社員のしたことであり、働く現場の現状だ。極めて病理は深い。

酒をあおって操縦かんを握ることなど、ならぬことはならぬ、のである。

 

 皆さまに明確にお伝えしておきたことがある。ちまたでは、「日航になにか恨みでもあるのか、許してやれよ」、という言葉を私や遺族に平気で言う(ネットでわざと書く)人がいる。

これは重大な問題を含んだ言葉であることに皆さんは気づいているだろうか。私が研究者として書く内容は、恨みなどではなくむしろ事実の追究であってそこに客観性があることは読者の誰もが気付くであろう。その結果は、日航の冤罪や罪についての考察にもつながる。もちろん、逆に日航にいた人間だから、その罪の軽減に加担するのか、という意見もあろうが、それについても本を読めばわかる通り、どちら側からも書いている。

それでは日航の罪とはなにか。

不起訴となったことからもわかるように、事故調査報告書とは異なる新たな墜落原因があるとすれば、日航の罪ではないことはこの公文書が証明した。ただし、誰かから強要されて、高木養根社長(当時)が、殺される、と震えていたほどの恐怖心を感じ、命の危険にさらされていたのであれば、脅迫によって不本意ながらその罪をかぶったことになり、日航側の罪は犯人隠避罪のようなこととなる。共犯かどうか?これは構成要件にどのようにあてはめるかによる。簡単にわかりやすく書くと、運輸安全委員会(当時)は事実と異なるのであれば公文書偽造、故意的に偽造改ざんは証拠隠滅罪となる。しかし、危険を感じるほどの脅迫を受けたのならば、その罪は軽くなるだろう。それでは相手に恐怖心を抱かせるほど脅迫した当人がいるはずだ。それは当時の運輸省か、首相官邸サイド、中曽根元首相、自衛隊幹部、他の誰かだろうが、これらは脅迫罪となるが、今のところわかっていることはここまでである。

いずれにしても、いまだに真犯人にはたどり着いていない。真犯人は、今でも遺族に一切謝罪もせずに、罪とも向き合わず、隠蔽体質の人々に守られて、のうのうと生きていることになる。520人の命を絶った犯人であるから、史上最大の大量殺人事件となる。

私はその原因不明を追究しているのであって、ご遺族は真犯人からの謝罪を強く望んでいるのである。それは当たり前のことだろう。

従って、先に書いた「遺族は日航を許してやれよ、青山透子は会社に恨みでもあるに違いない」という論理は破たんしてる。

恐らくこれを書いた人、言った人は関係者であろう。しかも単に自分の年金がなくなるとか、自分の息子や娘の就職先(日航)がつぶれては困る、とか、責任をかぶりたくない国土交通省とか、そのたぐいであろうが、いずれも自己保身と自分の食い口のためだろう。そのお金はどこからくるのか。お客様が航空運賃として支払ったお金や国民の税金である。

それに対して、いまだに隠蔽するとは、これも、ならぬことはならぬ、のである。

もちろん、不確かな情報で、一方的に相手側の不満やはけ口を鵜呑みにしてもいけない。面と向かってきちんと話をせずに、本当の事情も知らずに人を貶めるように陰でこそこそと企てをしてもいけない。また、純粋に事故原因を追及しているふりをして、実はかく乱するのを目的として書いている人もいる。変な人を装い、これを追及する人に対してレッテル張りを一生懸命している人、それに加担している人もいる。こういった様々な人間の心の裏側を認識して、思惑に引っかからないように冷静に判断をして筋を通すことは人として誰もが心がけるべきであって、ジャーナリストならば特にそうあるべきだろう。

ならぬことは、ならぬことはならぬものです。

追記だが、一つ老婆心ながら忠告しておきたい。

航空会社の乗務員たちの仕事は、フライト時間が早朝や真夜中も多く、過密スケジュールの中で働くのが日常であり、昔と違って国際線のほとんどが長距離フライトの直行便では、機内で仕事をする時間も長く、時差もあり、心身の乱れが出てくることは当然だと思われる。そこで、アルコールに依存しなければ眠れないとか、気分が高揚しない、乗務出来ないという人が出てくるのだろう。アルコール検査が厳しくなれば、次に取る行動は薬物依存である。官僚(経済産業省文部科学省の職員)が職場で大っぴらに注射器を使用して覚せい剤を使い、逮捕されるという異常な今日この頃、そのうち薬物依存症のパイロットが出てきてもおかしくない。フライトで訪れる海外では合法の国もあり、その辺で気軽に購入も出来るそうだ。そうなると、「アルコールではすぐ検知されるから、薬物にしよう」と言い出しかねない。

それがどういう行動に出てくる危険性があるかについて米国の航空医療関係者に聞いた。大麻、危険ドラッグ、覚せい剤といった薬物に依存して操縦かんを握った場合、次のような場面で危険な事態が生じる。最低安全高度(minimum safe(flight)altitude, minimum enroute altitude)時の判断や有視界飛行方式(VFR:visual flight rules)の時に、薬物よって気持ちが大きくなって蛮勇を振るう行動に出る、ということだ。

つまり早い話が、ミニマムの状況での判断の際に、引き返す勇気ではなく、事の是非を考えないで向こう見ずの勇気(本物ではなく、薬物による勇気もどき)が出やすくなる。するとどうなるだろうか。

いくら訓練を積んでいても、とっさの判断が出来なくなるということになってしまう。「突っ込んで行け!」と精神が高揚して、地面に激突ともなりかねない。その結果、被害を被るのは本人のみならず、大勢の乗客である。事が起きてから謝罪ではすまされない。

昨今、聞くところによれば、官邸周辺でも、外遊機内でもこういうタイプの人が多く出没するそうで、「ちんちくりん」なことを話すらしい。少しはいろいろな角度から論文を読んで研究したいそうだが、きちんと読んで理解出来るかどうか、勢いをつけて気分ばかりが高揚しても困るのである。

搭乗者のみならず運航乗務員、客室乗務員の手荷物検査に麻薬探知犬による取り締まりを強化すべきだろう。火の無い所に煙は立たぬ、ならぬことはならぬものだ。

 

 

情報公開と知る権利―今こそ日航123便の公文書を問う 青山透子

情報公開と知る権利―日航123便の公文書を問う 

7月16日、早稲田大学法学部と比較法研究所の共同開催でシンポジウムが行われた。開始直前には大雨も上がり、会場がいっぱいになるほどの皆さんがご来場下さった。

テーマは、「国民に対して政府の説明責任を果たす観点から制度化された情報公開制度は果たして全うに機能しているのだろうか。34年前に発生した日航123便墜落を題材とし、遺族の苦悩の軌跡を追いながら、行政機関(運輸安全委員会)が保有する文書の開示請求と知る権利について考える」である。

基調講演は、第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を歴任。総務省情報公開法の制度運営に関する検討会委員や内閣府公文書管理委員会委員等、情報公開法制度に携わった三宅弘弁護士である。三宅先生は毎月ボランティアでご遺族に対応して下さり、私も同席している。森永卓郎氏にも「日本経済から見る1985年」として講演していただいた。森永氏にはいつも応援していただいているが、今回初めてお会いした。ご著書の「なぜ日本だけが成長できないのか(2018、角川新書)」のエピローグにて経済面で1985年が分岐点と指摘されたことについて、本音でズバリ語られたお話であったのですべてが一本の線でつながったという感想が寄せられた。私も登壇して日航123便墜落の解説を話し、私が英国カーディフ大学にて講演をした風景写真とともに、クリストファー・P・フッド教授がビデオメッセージを寄せてくれた。

今回のシンポジウムの目玉は、日英ご遺族の初めての顔合わせなる英国人ご遺族のスゥザン・ベイリイ―・湯川さんと吉備素子さんの登壇である。彼女たちの臨場感溢れる話には、皆さんが真剣なまなざしで聞き入った。当事者しか知らない様々な疑問や今後再調査への決意を述べられた。

大変クオリティの高い内容で、聴衆の皆様の質も高く、非常に有意義なシンポジウムであったとおほめの言葉をいただいたと同時に、この問題の根深さや、34年間も事故調査委員会が再調査を放棄してきた理由が明確となったのである。

今回この画期的なシンポジウムと日英ご遺族の奇跡的な出会いの場となった早稲田大学関係者の皆様に感謝いたします。また私が本を書いた過程においてお会いした方々やインタビュ―を快く引き受けて下さった皆様もたくさん来て下さったことに重ねて心から感謝いたします。本当に有難うございました。

新刊本では、英国人ご遺族のスゥザンさんとの出会いと英国元事故調査委員にお会いしたことを中心に、ここに至る過程と今後の法的な手段について書いております。ぜひお手に取ってお読みください。皆様の熱いご支援は、すべて今後の調査の糧といたします。よろしくお願いいたします。

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「誤(ご)報には六(ろっ)法を―映画『新聞記者』に見た違法な実態と私の体験談」

水島朝穂教授の推薦で早速この映画を観た。ほぼノンフィクションであることはすぐわかった。なぜならば、私が客観的に分析し、体験した結果と一緒であったからである。

御覧いただいた方は、なるほど!あのシーンか、と思い出しながら読んで頂きたい。

最初に言っておくが、今回のシンポジウムで提示したように、私は1985年に防衛庁長官だった加藤紘一氏や山下徳夫運輸大臣に実際にお会いして、何度もこの問題についてお聞きしている。これは右とか左とかの問題ではない。加藤氏も山下氏も当時のことを振り返りながら、人間として語るべきこと、どうしても未来に伝えたいことなども含めてオフレコもたくさんあった。特に加藤紘一氏とは、宏池会が公募した論文に私の論文が入選したことをきっかけに、何度も手紙やメールのやり取りをした。宏池会事務所があった自転車会館や議員会館会議室にて他の論文入選者と一緒に、政策の会議にも出席した。そのうえで独立研究者として数々の疑問を持って研究をし、現在書籍として発表をしている。それがこの本を書くきっかけであり、背景である。

2010年、第一作目の時は小さな出版社であったこともあり、あまり一般の方々には行き届かなかった。そこで私は個人的な情報網で当時の関係者、知識人、大学関係者にその本を配った。なお、最大の収穫はこの本を通じて出会った元自衛隊員であり、その人はさまざまな情報を提供してくれた。

2015年、ある要人Aと上野村に行ったのだが、その人が私の本を自身のフェイスブックに紹介した途端、その人のフェイスブックに自称ベルギー人女性(Itsuto Hitori)が攻撃的な書き込みをした。「こんな本読む必要なし、いい加減な本」という内容であった。そのことを読者からの情報で知った私は、即そのフェイスブックを分析して調査したところ、内閣府に出向しているK省のメンバーたちの可能性が出てきた。要人Aも、これを書いた人は身近な人のような気がすると言っていたのである。さらに調査をすると、要人Aのご主人の公式サイトへのその自称ベルギー人の書き込みでは、「フクシマ原発事故があっても原発は必要で賛成」、「あなたは奥さんよりも優れている、頑張れ」、つまりあなたはすごい人というヨイショ書き込みがすごかった。さらにヘイトの書き込みも多く、ひどく加工した写真も多々あった。また勤務時間内と思われる時間にインサイダーまがいの経済情報も垂れ流していた。いずれも原子力行政に関するものである。それをSフリーライターに伝えたが、その人がK省へ行った途端、画面から跡形もなく消えた、という奇妙な事件であった。しかし、画面上では消えても、その情報と元データを送ってくれる人もいた。きっと良心の呵責であろう。これで映画の舞台となった内閣情報調査室の実態と重なって十分に納得がいったのである。なお、そのデータはすでに複数の弁護士の方々に渡してある。

 

2017年、第二作目、これがベストセラーになった「墜落の新事実」である。この時からマスコミの動きや急に異常に変な書き込みがネット上に多くなっていった。本の内容を理解するどころか、勝手に曲解しての感想、さらに、何を勘違いしたのか杉江弘元パイロットによる目撃者や当時の記憶を否定する誹謗中傷本も出た。これについては今回登壇したご遺族吉備素子さんは大変お怒りになり、今後それなりの対応も考えていらっしゃることを明記しておく。さらにこの杉江氏と私の対談を企画しようという書き込みも急に増え、実際にYテレビの人から連絡があって出版社にてプロデューサーとお会いした。その方は大変好意的で真摯に話を聞いて下さった。今までのメディアの人とは違って耳を傾けて頂き、本当に感謝している。しかしながら、ちょうどご遺族が今回の新刊本に書いたように法廷での決着を検討されていたので、私は対談に応じることはできない旨を伝えた。すると、放映予定だった2018年8月12日に、「青山透子は出てこない、杉江と対談しない卑怯者」というような書き込みが私の公式サイトにあったので、大変不思議に思ったのである。つまり対談しないということを知っている人間はテレビ局の関係者だけであり、企画があることすら一般人は知らない。さっそくそのプロデューサーに書き込みのIPアドレスを見せたところ、「局の人間ではない」、という回答を得た。そうなると、もし、企画を知っていて、その後のいきさつを知らないまま、放映日を楽しみにしていたとすれば、テレビ局にひそかに話を持ち掛けた人間(つまりやらせを仕掛けた人)の人しか知りえない。それもテレビ局に一般人は企画を持ち掛けられないから、一般人ではない者となる。さて誰だろうか?

これについても映画を観て、納得したわけである。

そして2018年、「遺物は真相を語る」を出版した直後、こんどは新潮社の記者によって拙著に対して「誤報陰謀論」とレッテルを張り、金儲けの卑しい本だと、私の本を貶める攻撃があった。映画「新聞記者」の中でも、相手側のお太鼓持ちの記者がでっちあげる記事を書いたシーンが出てきた。さらに今回の新刊本でも書いたが、記事の中で航空評論家の秀島一生(元日航チーフパーサー)から、内容がいい加減だという誹謗中傷もあった。これについては、ぜひ新刊本の149ページから157ページをお読み頂きたい。彼が十分な調査もしないまま勝手に述べていたことが明確になったのである。つまり秀島一生航空評論家という方は何の調査もせずに、私が大学の研究機関で調査したものに対して、「いい加減な本」と言い切った。その罪は重い。この週刊新潮の記事について、私と交流があった山崎豊子先生は、今頃あの世でこの新潮の落ちた現状を嘆いていることだろう。

それにしても私がスチュワーデスだから、パイロットやチーフという上の職種を連れてきて、まるでパワハラごとく否定する企画というわけだろうが、何んともお粗末で、思考停止としか言いようがない。きっとやらせの企画者は34年前のままの人生なのだろう。こちら側は、あれからすべてにおいて成長しているのである(笑)。

 

2019年、今回の新刊本で予想されることは次の通りである。実名はこれだとか顔写真を出すとか、個人攻撃を仕掛けてくることや論文への批判などそういうたぐいであろう。いずれも無駄な努力である。

新刊本に書いた通り、私のペンネームは、上野村村長の黒澤丈夫氏がつけてくれたものであり、上野村の青い山々から青山、物事や行政には透明性が必要だから透子、である。

なお実名は非公開と正式に書かせていただいたので、今後個人的な情報に関するものが出た場合は、即刻法的手段を取らせていただくことを明記しておく。特に、相手側の自作自演の書き込みがひどいのは、ヤフーの知恵袋である。いかにもひっかけ問題で、自分で答えを書いているようなものだ。

これもまた調査してみると、映画と同じであった。

  

最後に映画「新聞記者」で印象深かった言葉をあげておく。

「我々(内閣情報調査室)は、国のために働いているのではない、少しでも長く、今の政権安定のために、自分たちのために働いている」つまり国の未来などどうでもいい、自分たちの地位安定のためだということだ。

このように、自分の食い口、つまりお金と人事のために、国家公務員たちが税金を使って無駄な情報収集と誤報を垂れ流し、お互いを縛り、違法な命令を出してそれに従い、一般人を貶めるネット書き込みをしているとするのならば、それに追従する人たちがいるならば、それは明らかに法治国家の崩壊となる。今後、六法をもって裁くしかない。

 

私は誰からの圧力も受けずに客観的に調査分析し、ご遺族の気持ちに寄り添いながら書き続けることを皆さまにお約束する。その調査費用は今までもすべて自費で行ってきている。その支えとなるのは皆さまのご支援であり、本の印税は今後情報公開の法的手段に向けて使わせていただく。最終的には上野村に私の資料をすべて展示する資料館を作る費用にしたいと考えている。世界中から研究者が来て閲覧できるように論拠となる資料を各国語で公開する。これこそが開かれた事故調査の役目であろう。世界中の不透明な航空機事故に対する国際的な枠組みの法律を制定することが、今回来日したスーザンさんの目標であり、私たちがすべきことである。

下衆の勘繰りをする報道関係者ばかりではないことを信じ、真摯にこの問題と向き合う方々と組んで頑張っていきたい。

以上 青山

 

★追記ですが、青山透子はこの公式サイトのみの情報発信であり、ラインやフェイスブックツイッター等は一切しておりません。管理人が本人のメールやこのページに関して依頼を受けて管理しております。メールに関しては本人確認が出来ている人だけに限っておりますが、昨今なりすましも多く、これらについては一切応じられませんのでご了承ください。なお、不審な書き込みやなりすまし記述を発見された場合は、従来通りの連絡網でご連絡ください。この場を借りて広く皆さまにお伝えしておきます。

 

 

 

日航123便 墜落の波紋—そして法廷へ  青山透子 新刊本

管理人です。皆様、長らくお待たせをいたしました。

青山透子の信念はついに海を越えました。

1年間かけての綿密な調査と海外取材、多方面を網羅する情報とインテリジェンスを基にして、今ここに河出書房新社4作目の新刊を皆さまにお届けいたします。

アッと驚く思いもかけない展開にきっと読者の皆様もご満足いただけることと存じます。

愛読者の皆様からのお手紙や励まし、応援を武器にして、青山透子ワールドの鋭い視線と納得のいく文章は、海を越えた英国でも多くの賛同を得ました。このフィールドの広がりに感嘆しながら、ともに考えて共感してくださいますことを願いつつ、ここに新刊本のご案内とさせていただきます。

 

下記河出書房新社ホームページ もうすぐ出る本

 

核心を外すなかれ  青山透子

「核心を外さず正面から向き合う」 

 

外務省の玄関前に「陸奥宗光像」がある。

毎朝毎晩、外務省職員の皆さんはどういう思いでその像を見ているのだろうか。何も考えずに素通りするだけという職員もいるだろうが、陸奥宗光の「目」は皆さんの仕事をしっかりと見ているのだ。

実は、陸奥西南戦争時の政治的思惑で禁固刑を受けて投獄中、郷土史研究家の資料によると私の曾祖父が陰ながらずっと支えていたそうだ。陸奥は伊達家の子孫であり、原敬陸奥に引き合わせたのも曾祖父である。そしてこう語ったという。

「出獄した後、本物の政治家として国民へ奉仕すべく尽力せよ」。

そして陸奥は「幕末の日米和親条約をはじめ各国との治外法権を撤廃させた外務大臣」となった。勿論、歴史上の人物は西郷隆盛でも良い面、悪い面、つまり表裏があるように毀誉褒貶のある人物である。ちなみに『西郷どん』は明るく表面のみの大河ドラマだったそうだが、地元以外最低に近い視聴率だったのは、現政権に媚びたような深みのない浅い内容だったからだろうと思われるがいかがだろうか。

 

 話しは戻るがなぜ今、これを書いたのか。その理由は、お正月早々に読んだ本の最初のページに陸奥宗光のことが書いてあったからである。この本は日米地位協定に詳しい弁護士から贈られたもので、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門受賞した「この海 山 空はだれのもの?米軍が駐留するということ(琉球新報社編集局、高文研、2018」である。こういう本で私たちは沖縄の現状も含めてすべての事実はしっかりと受け止めなければならない。

 さて、この本の言葉を借りれば「戦後70年余、この国には一人の陸奥宗光も一人の小林壽太郎もいなかった。この国の外交の哀れな実態である」ということだ。これを読んだら曾祖父も陸奥を支えてきた甲斐があったと感慨無量だっただろう。

 先の戦争開戦時においては、軍の暴走と深い知識のない愚衆の煽りで開戦を止められなかったというのが外務省の苦悩であり汚点となったが、これについては日米外交史について深い考察を書く必要があるのでここでは省略する。現在は沖縄をはじめ、国民の主権がないがしろにされるほどの軍備拡張と軍関係予算の膨張を招いている。軍の練習基地として美しい自然のある島々を法外な値段で売り買いしている。これは明らかに内閣のみならず外務省としても放置しすぎである。軍の膨張と驕りはやがて戦争を起こすきっかけとなるのは歴史を見ればわかることだ。それらは全て外交の失態となる。もっと別の角度から次の手を考えるべきだろう。

 

 さて、新春早々、また日航社長の悲痛な面持ちでの記者会見を見ることになった。まず、私が最大の問題だと思ったことは、現在の大量飲酒はすでの2017年に起きており(同じ人物で再犯もあれば、他にも事例があった)、それらを報告せずに隠ぺいした結果、2018年にイギリスで逮捕されるほどの事件に展開してしまった、ということだ。一昨年で起きていたことを公表していればイギリスでの逮捕はなかっただろう。二流に成り下がった恥ずかしい実態だ。

 その先送りの理由は、ひとえに倒産後の法人税約4,300億円免除(倒産後9年間支払いなし)、役員報酬引き上げ(2017年6月22日株主総会議案)、航空局との取り決めである8.10ペーパーによる経営制限解除、新中期経営計画スタートと深く関係がある。このように、見せかけだけのV字回復でありながら、賃金も大幅に引き上げられた。これが危機感ゼロ、倒産の実感もない社風を生み出したのである。今年の年賀状で在職している日航社員からのものは、いずれも能天気なものばかりで海外リゾートでの家族写真や、山頂でヤッホーと叫ぶ写真であったが、この異常さに私は残った彼らには全く危機感がないことを悟った。

赤坂社長曰く「問題の先送り、責任回避、前例主義、身内への甘さ」が日航にあるとのことで、これらはまるでどこかの官僚のお仕事と同じだが、それを生み出したのは経営陣の怠慢である。前社長、前々社長の経営者としての生き様も問われる事案だ。

「安全への大きな脅威と認識することが社内検証委員会のテーマ」として、委員会設置ということだが、一つおせっかいな注文がある。これが逆効果にならぬよう、このおせっかいはしっかりと受け止めてほしい。

日本社会における精神性の特長として、「確信を外す」、「根本的な原因は追究しない」、「相手も自分も心地よいような報告書のみまとめて終わらせる」のが「大人的対応」とされ、これらは「優しさという優柔不断」を生み出す。

検証委員会には柳田邦男氏も入っているそうで、私は個人的には尊敬していたが、あの方は2011年の事故調査報告書解説本に際して意見を述べておられる。柳田氏があの解説本の内容そのものを科学的視点できちんと精査していらっしゃるとは到底思えないが、一つのお墨付きのように表紙を飾っておられるのは大変遺憾だ。実は、あれが出て以来、事故原因に疑問を持つ遺族のの間で不満が広まり、益々疑惑が深まった。つまり、このように、航空局らと組みやすしの人達と議論をしても問題の根本的な解決はしないのである。

日本社会特有の会議(委員会)では、問題を解決する手段としては機能しない場合が多く、こういった形だけの第三者委員会などは必要ないのである。航空局からの人材派遣による紹介された人々に問題を丸投げしてはいけない。社員一人ひとりに強い当事者意識を持たせることが出来なかった結果が今である。一部のイエスマンの代表者ではなく、実際に問題を起こした人への聞き取り調査(社長直属の秘書室が直接やるべきだろう)、きめ細かく組織ごとに分けて危機感を持たせる工夫、社内での問題の洗い出しをすること、問題の解決方法を自ら考えさせることが重要だ。社内の事情や内情を詳しく知らない柳田さんらの訓示を今さらながら傾聴する必要は無いと思われる。

私は客観性をもって遺族に直接話を聞くことで問題の所在がわかったのである。一部のマスコミ受けする人のみを対象としていたら、問題は出て来なかっただろう。実際に働いていた先輩方の亡くなった人の顔が浮かぶからできるのだ。

1つの事象がある場合、その背景には10以上の要因がある。10の事案を見逃した場合、100上の弊害が生じる。先送りがもたらすものは破滅である。だから、何か問題が生じた場合は、きっちりと検証し、原因のみならずその要因となった周辺も調査する。さらに再発防止のために何度も厳しく検証をすることで改善され、そこでようやく問題が解決する。

人は苦悩する時にこそ耐えながら善処し、心に真実があればいつかはその苦悩が宝となる。苦悩を避けてはならない。

 

 

2019年 新たな時代へ 青山透子

2019年 新たな時代へむけて

今年は元号も変わる節目の年。次世代へ引き継ぐにあたり、私たち一人ひとりが清新な気を持ち、旧来とは異なる価値観と本物のプロ意識が芽生える年とすることを心掛けたい。

 昨年末に飛び込んできたニュースは、日本航空の客室乗務員がトイレの中でお客様に提供するシャンパンを自分が勝手に飲み、酒気帯び乗務を行っていたという、書くのも恥ずかしいような事件であった。さらに年頭には全日空パイロットが酒飲みチェックにひっかかり、数便に遅れが出た、ということである。一体この航空業界に何が起きているのだろうか。例えば道路上で酒気帯び運転で逮捕されたとき、「規則の何時間前に飲んだから大丈夫です。その時間以降は飲んでいませんから逮捕しないでください」という言い訳などきかない。従って規定時間内云々は通用しない。副操縦士との口裏合わせで虚偽の申告だったということもあり、益々その目的と対応が今問われている。

パイロットという運転手に引き続き、客室乗務員も酒酔いでは、エマージェンシー発生時にどうやって仕事をするのか。こういうような人達が後輩で、それがトイレでシャンパンを飲み、フラフラとした状態で仕事をしていたのであれば、日航123便で亡くなった先輩方は怒り心頭だろう。

中には、民放テレビのコメンテーターで「昔はチェックなどなかった、飲み(コミ)ニュケーションが必要、海外ではキャプテンに誘われて困った・・」などというお門違いで能天気なコメントをなさっている元パイロット、元チーフ、元CA(紺色のワンピースに変なスカーフを首に巻いていたらしい)もいたらしいが、茶化して済む問題ではない。こういう人たちは、自分のプロ意識の欠落を堂々とメディアで語ること自体恥ずかしいのだと気づいているだろうか。そういう言い訳もご自身を貶めていることにいい加減認識されてはどうか。食い口優先(あえて下品にこう書かせて頂く)の呆れた人達によって、問題の所在がゆがめられていることに私たちは気付かなければならない。なお、この元パイロットも元チーフも私の本を貶める批判をするお仲間たちのようである。やはりその程度の人達だと認識を持った。

 さて新年にあたり、一つ皆さんにお伝えしておきたいことがある。

 読者の皆さんからのお手紙の中に「日航関係者で、日航123便の墜落の事故原因は違うと語っていた佐宗〇○という人は講演中に毒入りの水を飲んで亡くなったので、青山さんも気を付けて下さい」と書かれたものがあり、そのブログ内容を信じている人が結構いることがわかった。そこで、毒入り水を飲んで亡くなったのが本当かどうか、私は関係者にインタビューをして詳細に調査をしてみた。

まず、日航関係者の間では「佐宗さんはおかしいことをいう変な人」という認識があったが、彼自身は東大法学部出身で事故時は日航開発出向、その後経営企画室と本社に戻っており、在職中から講演活動やブログを行っていたらしい。個人的な思想はともかく、私が気になったことは経営企画室、という点(誰のために経営を企画しているのか)、そして毒を飲んで本当に死んだのか、という点、葬式が8月12日、という点である。

もしかすると「事故原因を追及すれば怖い人が来る、恐ろしい目に遭遇する」という一種の脅しかもしれないと思ったからだ。それは非常に迷惑なことであり、次世代に伝えるわけにはいかない。これはブログでご本人が何等かの意図をもって書いたものかもしれないが(他人を装い、書いた可能性もある)、それが本当かどうかは確かめる必要がある。今、生きていらっしゃればご本人に確認をしたのだが、現在は亡くなっている。

その結果、わかったことは、これは全くのデマということである。

まず彼の近隣に住んでいた小学校、中学校の同級生、実際にお葬式に参列した人へ確認したところ、亡くなった年は退職後の数年後で、つい最近奥様が引っ越されてお家は売却されていたが、ブログで死亡と書かれた年と亡くなった年は全く異なった。その死因も毒で倒れたのではなく、葬式の日時も違った。(詳細は個人情報ゆえここまで)。つまり彼が講演で毒を飲んで亡くなった、というのは全くの作り話であった。

しかしながら、ここで明らかになったことは、ネットというものはこうやって嘘を広め、誰も調査をせず、簡単に人をだますものと明確にわかった事であった。

もし今でもこれを信じ、それを転用している方がいらしたら、即、訂正削除したほうがよい。ご自身が知らずに書いてしまった方もいると思うが、信憑性を疑われてしまうから要注意である。

 同じように、メディアの上層部の中で、この事件を追及させないように何の根拠もないデマをわざと流している人がいることもわかった。

ご遺族が最も望んでいた相模湾海底捜索をしない理由がなんと「事故調査報告書と異なる原因となるものが出てきては困る」という、武田峻事故調査委員長(当時)の言葉を聞いて私は驚いた。実は2015年に放送された相模湾の海底物発見のニュース直後に、私の知人のメディア関係者に「報道特集を企画して、直ちに引き上げてはどうか」と話をしたところ、「海底で発見したものはたいして重要じゃないらしい、あれ以上探して、引き上げても無駄だ」と言われたからである。そこで先日、もう一度その人にあの時の情報は一体誰からのものなのか、と聞くと「〇○デスク以上、上層部からのもの」という答えであった。海底の学術調査の結果でそういう結論に達したのだと思い込んでいた私は、実際はデスク以上の人によるなんの根拠もない話だったのかと愕然とした。

こうやって、メディア上層部の人の言葉を鵜呑みにしている人達がいること、なにも検証していない嘘を部下や外部に伝え、遺族が望む方向とは異なる逆デマを流している人がいる、ということが明らかになった。

 こういうふうに、何を守りたいのかわからない(自分の立場や地位だけなのか)情けない人達が多い。何処に大義があるのか聞いてみたい。実はこのほかにも、後から気づくとおかしな対応はたくさんあり、ご遺族も大変遺憾だということだった。

 

よく勉学もせずただ他人の学歴を妬み、詳しい調査もせず情報を垂れ流し、自分のおかれた立場だけで語る人がいるとすれば、私たちはそれを正す確かな目を持ち、何が嘘で何が正しいのか見極める目を持たなければならない。そのための分野を超えた勉学や研究、調査は不可欠だ。そして、この事件を明らかにすることこそが、未来に新たな風を吹き込む。そう信じていきたい。

曖昧なネット情報に流されることなく、何等かの指示を受けた悪意を持って書き込む人に騙されることなく、正面から堂々と議論してほしいと心から願う。

当時を知る関係者も「自分がもしあの飛行機に乗っていたら」という共感力を持ってほしい。ご遺族には時間がないのである。この問題を避け、異なる原因について、再調査を批判するような人は大変迷惑である。また、事故原因が拙著の内容だと気に入らない元チーフのようにテレビに出たいだけ、という報道関係者に媚びた人も困るし、組織がらみや上からの指示に従わざるを得ないという人も困る。

動物のエミューではないが「頭隠して尻かくさず」、誰がそうやって操作しているのか、ご本人がいくらカモフラージュしても、後ろからとっくに〇○が見えているのである。他人に媚びて地位や利益を得ても何の満足度も上がるまい。そんな姿を誰かはしっかりと見ているものだ。

私たちがやるべきことは職務(上司ではない)に忠実にプロ意識をもって仕事をすることである。もっと自分自身に良い意味でのプライドを持った生き方をしてはどうだろうか。

 

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

すべては1985年から始まった  青山透子

まず先に、森永卓郎氏の新刊本「なぜ日本だけが成長できないのか(角川新書)」のご紹介です。

そのエピローグ、「対米前面服従の始まり」において拙著を取り上げて下さった。

1985年8月12日の日航機墜落の一か月後になぜ突然にプラザ合意がなされたのか。なぜそれ以降、日本は奈落の底に落とされるほどの経済状況に追い込まれたのか、それが今もなぜ続いているのか、実にくわしく分かりやすく書かれている。是非手に取ってお読み頂きたい。読者の方で、この本を私に贈って下さった方もいた。この経済的な異常な流れの不可思議さも日航機の墜落原因を考えると、ストンと腑に落ちる。

下記KADOKAWAのHPをご覧頂きたい。

www.kadokawa.co.jp

他に、日本近代思想史など、1985年がテーマとなって様々な分野においてあまりおかしいことが多い。なぜこんなに日本は対米追従どころか絶対服従状態なのか、日本売りが止まらないのはなぜか。特に安倍政権での防衛費膨大について、その直接的原因は何か。

沖縄の真っ青な辺野古の海への土砂投入で、青海が濁っていく様は、まるで政府の偽りの心のようである。

「1985年」の日航機墜落原因を突き止めずに33年間放置してきた罪は大きく、多方面に多大な影響を及ぼしていると思われる。

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 さて、今年の様々な出来事も含めて1年間を振り返ってみたい。

 最も嬉しかったことは、拙著をきっかけとして、高校生たちが日航機事故を事件か?ということで調査研究してくれたことである。御巣鷹の尾根登山も行ったとのことで、その学校の教諭から成果物が送られてきた。大変嬉しかったと同時に、その詳細な調査内容に目を見張った。日米地位協定や日米安全保障委員会についても調べていた。

「議員は選べても米軍の軍人や外務省などの高級官僚は選べない。それで軍事上の機密など会議で決められても民意は反映されない。どうすればよいのか」という率直な疑問を提示して深く考察していた。日航123便墜落原因についても、事故調査委員会が調査したことを誰も検証していない。担当検事も事故原因は違うと遺族に語り、不起訴となった。それでは520人の命はあまりにも浮かばれないのではないか、という共感力が芽生えていた。

担当した教諭によれば、搭乗者名簿から一人ひとりの名前を模造紙に書き写しているうちに、その人たちへ思いをはせて真剣になっていったとのことであった。

あらゆる出版物を比較検討して読み込んだそうで、客観的に何が正しく、何がおかしいのか、彼ら一人一人が素直な目で感じ取ってくれたこと、そして私の本を評価してくれたことに心から感謝する。

「小さな目は見た」が、高校生の彼らに伝わった瞬間である。

 もう一つ、大きな証言を得られたのが今年の収穫である。その大きな証言とは、あるご遺族と話をしていた時に飛び出てきた。

「33年前、私たち遺族10名は、運輸省の会議室で運輸省の役人数名と事故調査委員長の武田峻氏と向き合っていたのですが、遺族側から一向に進まない海底調査について『一体いくらお金がかかるのか、足りないなら募金活動もするから、早く調査してくれ』という声が次々上がったのです。するとその声に押されて、武田委員長が声を荒げて『あのですねえ、お金がないというせいではないのですよ、お金の問題じゃない。海底から事故調査結果と違うものが出てきたら困るからですよ!」と叫んだのをしっかりとこの耳で聞いた、とのことであった。この言葉に、その場の空気が凍り付き、唖然とし、一体何を言っているのか、よくわからなくなった、と語っておられた。

「つまり、私たちは誰もが国が嘘をつくとは思っていないし、思わなかった。だけど、今考えると、あの発言はおかしかった」、当然のことながら、国側が国民に対して偽りを言うなど、全く疑うことを知らなかった、ということであった。

それにしても、まるで議事録や録音の声に残らないようにするためか、肝心のことをぼそぼそと小さい声で話す運輸省の役人には不信感を抱いたそうだ。そのわりには「こっちの席に座って下さい、そっちのお茶を回して下さい」などとどうでもいい発言の声は大きかった、とのことである。

それにしても武田委員長による「海底から事故調査報告書と異なるものが出てきたら困る」

これはすごい発言である。この方は何を考えてそのような発言をしたのか、何のための委員長で、誰の為の事故調査なのだろうか。もっと早く知っていれば、この人に問うてみたかった。

 

 今年、様々な場面でプロ意識の欠如が目についた。大量飲酒のパイロットもそうだが、上からの指示か何かで拙著の販促妨害を仕掛けてきた出版社もいた。選定図書にも難癖をつけたらしいが、そういう態度が人々の支持を失い、その出版社の雑誌が休刊に追い込まれたのだろう。私が思うのは、上司のこんなことに従わざるを得ないような、そういう社員たちのプライドのなさである。そんな会社に入社して、さもしい気持ちにならないのだろうか。

 官僚もそうである。以前、「良心の呵責がある人がなれない職業は政治屋と役人」と書いてあった記事があったが、その通りかもしれない。良心の呵責どころか、善悪の区別もつかなくなった人達だけが今もなお、まっとうな人達の邪魔をし続けているのかもしれない。

 最後に私が心がけているプロ意識を書いておきたい。

ノンフィクションを書く上で、スポンサーがある人間はどうしてもそちらよりになるのは世の中の常である。私には何のスポンサーもなく、全て自力で集め、人と人の繋がりに重きを置き、信頼関係を構築することを最優先にしている。そしてそこから得られた証言を大切にしている。例えば、会う約束をした場合、何があっても絶対に約束は破らない。一か月前から連絡をしている以上、その人に会うために全力を注ぐ。例えば好物のお菓子を一か月前から考えて用意することや、話しがしやすい雰囲気を作ること、当然のことながらその人と話をする上で必要な知識や学術的な研究をしっかりと頭に入れておくこと等々、相手にもそれが伝わるから重要な話をしてくれる。だから、私を良く知っている人達は深い信頼関係のもとで話をし、私個人の情報も一対一で開示している。従って、ネット上に余計なことを一切書くことは無い。逆を言うと、私を全く知らない人間が知ったかぶりをし、悪意を持って書いている人がいる。そこに明らかに作為がある場合、その人の書いたものは信頼に全く値しない。最も笑えたのは私が会ったこともない人の元彼女とか、マスコミ関係者がニタニタ笑っていったので大笑いした。

 話は戻るが、昨今、プロ意識のある人は非常に少ないと思う場面が多い。それどころか、職業への使命感が全く育っていない。これは重大な問題だと思う。メディアは特にひどい。つい先日も一か月前から予定していたことをドタキャンされた。しかも、私がそのメディアの人の希望を聞いて、わざわざ遠くまで一緒に行って、重要な人を紹介する、という設定でのドタキャンである。急きょ、私のみが行くことにした。案の定、その方は一か月前から準備をして、きちんとファイルをして見やすいように様々な資料を用意して待っていて下さった。危なく、そのメディアの人のせいで、私とその方との信頼関係がぶち壊しにされるところであった。

こっちは、真剣勝負で仕事をしている。ある意味で命かけるくらいの使命感を持ち、亡くなった方々に思いをはせて相手も資料を提供してくれている。このようなことは、サラリーマンのメディアたちには決してわからないだろう。一体、彼らは何を伝えるべきなのか、なぜその仕事を選んだのか、世の中に果たす役割は何か、常に問い続け、自己批判せずしてこの業界の未来は失われてしまうだろう。

高校生ですら、正面からこの事件について向き合い、考えているにもかかわらずだ。

面倒なことは一生避けていきたい、サラリーさえもらえればよい、そんな大人たちの悪しき見本がそこら中にあふれている。

私たちは今、それぞれの場において自分のプロ意識を再構築しなければならない。それが社会人としてのあるべき姿ではないだろうか。

そう思ったとたん、数日前の群馬県上野村黒澤丈夫元村長の記事が目に入った。

今もなお村の自治と自立を掲げ、自然を生かして過疎と闘う、をモットーにして、移住者大歓迎、心地よい農村を心掛けている。その基礎を作った方である。間もなく村長の命日12月22日が近づいてくる。村長の誕生日は今上天皇誕生日と同じ、12月23日である。そして1,2,3.

あの力強く語った黒沢村長の声が、私を励まして下さっていると思った瞬間であった。

 

今年も有難うございました。皆さまの応援に心から感謝申し上げます。